20110219 - silence (readable)
紛らわそうとするからそれは寂しさになる。
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新宿の町を逆編集している最中、少年は思い出すという行為がどのようなものだったかを思い出すが、忘れる。そのように忘れたものとして目の前を通り過ぎていく時間を、時間が通り過ぎていく。空間と時間、字間と行間。色々なものが詰まっていそうな感じがする。そのような場所はまた広すぎるから出会えないことがほとんどなのかなとも思っている少年と誰かが正面衝突している。
逆編集が続くなか、記憶から自分を取り除いた分の町並みが広がり、彼女はいつもそこに住み、そのせいで決して少年に目撃されることなどなかった手筈は、逆編集の発明により当然わやになっていたのだが、誰かが自分が体験している日々やそこに含まれる様々な媒体上で表現されているものを逆編集し、その真の姿に迫ろうと無駄にあがき、その足掻いている様や束の間の勝利をさらに逆編集の対象へとされながら、そこに読み出されうる不変量として、彼女が抽出されたのはいつのことだったか。世界で一番小さな秋のなかでの出来事だったか。それともそれはもっと気が利いた冗談のなかであるべきだろうか。いま誰かと誰かが交わしている会話のように、だらしがなく、個人的で、ありふれていて、状況に弛緩し、意味もなく因果を試している、予兆とあとかた。予兆はこれから何かが訪れるということを予期させるものであるし、あとかたは何かがそこにあったことを示すというだけのものだ。ならば予兆のあとに、直接あとかたが訪れてはいけない理由はない。それがあとかたの予兆であり、予兆のあとかたで在る限りは、それは当然のことだ。例えば、毎日誰か知らぬ女の後ろ姿にいちいち仮想的にながらも恋に落ち、その感情の残骸だけを貯め込みながら生きようとするとそうなる。
逆編集者はその寂しさを逆編集で紛らせようとする。紛らわそうとするからそれは寂しさになるとは決して気付かぬままに。
彼女の毛髪のフィルムは夜の闇を梳いて黒く、その一本一本の縁で銀色に光っていた。女の目や体はそのフィルムのためのカメラとなり、女の体験のひとつひとつを客観的に理解可能な形式で保存したフィルムが日に僅かずつ伸びていく。それと同時に誰かが逆編集によって、歴史の隅々に散在する彼女を弾き出すたびに、その誰かが彼女の存在にたどり着くまでの筋道の簡潔な印象が、やはり客観的に理解可能な形で記録されたフィルムたちがまた日に僅かずつ伸びていく。歴史的な文脈や、文化的な参照や、美学的な見地や、様々な視点から逆算された彼女というものの印象の、女の体として受肉できない部分は女の髪の毛として様々なスタイルで結われることになる。その髪を結うためのゴム紐は彼女だけが持ち、それは彼女は左手首にいつも巻かれており、その自分の髪の毛を結うことができる人間だけが彼女だと決まっており、彼女はひとりしかいない。