nobody hurts

February 24, 2011

20110224 - silence (that she lives in)

誰かがいる以外は、ごく普通の部屋。



 ヒキガネーゼの言葉は、割り切れぬ思いを割り切って消える。
 その沈黙を吸い込んで、彼女は思考で部屋を満たす。
 わたしがいまこうしてくつろいでいる部屋もまた、わたしと同じように逆編集により継ぎ接ぎを継ぎ接ぎするようにして生み出されたものなのだろうか、と。
 だが、女には、自分がその部屋の内装を調えたという実感をともなう経験の記憶があった。
 よしんば自分が逆編集により生み出された、結果の人形だとしても、その部屋の調度は自分の手によるものだと彼女は知っていた。
 自分なら絶対にこうするという配置で机やベッドやソファが並んでいた。それから、それらを調えたという記憶のない配置の詳細、彼女の生活習慣が居住空間の細部を無意識的に構成しているその規則から彼女という人間を描き出すということも十分に可能なようでもあったが、そもそも彼女が逃げたがっていたのは他人から及ぶそのような乱暴からだった。実のところ、それも気にならない程度のことだった。彼女は同じ乱暴で自分を十分に締め上げていた。はっきりいって、それ以上のことは、我が事、ということに関して言えば気にならないというのが彼女の本音でもあった。だから自分の背後で、わざわざ逆編集という手法を用いて、自分と出会った時の記憶やそのときの感慨に浸ろうとしている少年がいても気にならなかった。この男は、それとは知らず、わたしがわたしに対して行っている以上の乱暴を自分に対して行っている、愚か者だ。
 ヒキガネーゼの部屋には普段は使わないでしまってあるLEDの電飾や、様々な種類の香や、気泡による穴が偶然にも五芒星の頂点を描く褐色の石灰岩や、便箋や、封筒や、間違えてまとめて捨ててしまいそうなほどたくさんの髪留めがあった。
 彼女はそのようなものを自分の心の中にではなく、自分の部屋のなかに取りそろえていた。自分の心のなかに取りそろえてある調度ももちろんあった。ここまでの話しを均していえば少年が知りたいのはわたしが心のなかにだけ取りそろえた調度のようなものなのだろうなと彼女は思う。ここにはごく普通の部屋しかないというのに。わたしがいる以外には。



 ヒキガネーゼはメールよりも手紙を好んだ。
 手紙を書くことよりもそれを投函することが好きだった。
 便箋を文字で埋め、それを封筒に詰める。ポストの投函口は遅効性の引き金のような機構となり、彼女の個人的な働きに応える。当然それは彼女が次の手紙を書くための引き金になるのだが。
 いつか、いつか仮に少年がようやく少年自身の記憶から逃れることがあったら、きっとその時には彼はわたしからの手紙を受け取っているのだろうな、と彼女は思う。もちろんこの文章全体がその手紙の内容でしたなんていう今更な結末はあらかじめ却下されているとここに明記されていることを明記したい。
 彼女は千通の手紙を同時に書くだろう。それと同時に九百九十九通の手紙を破り捨てるだろう。そしてあっさりとたった一通だけの手紙を書き終えたふりをするだろう。一通の手紙に書き記すべきことだけを彼女は書き記すだろう。一通の手紙に書き記すべきことを一通の手紙に書き記すことができると信じて、彼女は一通の手紙を書くだろう。
 彼女は何通もの手紙をそうして書くだろう。
 それはつまり一通の手紙を延々と書き直すという作業だろう、と後に手紙を受け取った少年が彼女にそんな指摘をする、そのときに、顔を見合わせたふたりのあいだに瞬くように生まれるものが、消えていくところを両者は注視するだろう。

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