20110228 - silence (on monday)
彼女。
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よくもまあ全ての物語に共通する不変量なんていう夢想的な出発地点からわたしのような実際的な女を弾き出せたものだな、と彼女は思う。実際的だから実際に弾き出されたという可能性を彼女は考慮しない。
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もちろんヒキガネーゼは自分が「彼女」ではないと知っていた。「彼女」であるふりをしているだけだ。ただの戯れだ。彼女は誰かの懐かしさの中に埋もれていた沈黙などではなく、懐かしさを駆り立てる沈黙でありながら、何かを懐かしむということを知らないただの人間だ。だがそれと同時に彼女は自分は「彼女」でもあると知っていた。「彼女」の記憶ならあった。だけど生きているのは彼女だ。それがどうした、と彼女は思うわけである。それとまったく同時に「彼女」も、それがどうした、と思うわけである。そしてそれは偶然である。彼女はそう信じることを選んだ。消去法ではなかった。
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そんなわけで、わたしはいろんな物語から言葉を借りて、いろんな音楽から音程を借りて、いろんな映画から照明を借りて、織物からほつれた一本の糸を借りて集めて、いろんな人のなかからひとりを借りて、もしくはふたりを借りて、ここにある。けど、そのことを言いに来たのではないと思う。と少年に向けて小さく呟く彼女は、伸びをして、凝りのほぐれた筋肉に、体を慣らす。
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「彼女」は何をしているのだろうか、と彼女は考える。
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「彼女」なら何をするだろうか、と彼女は考える。
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それよりも「彼女」は何をしてきたのだろうか、と彼女は考える。
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ねえ何か音楽を選んでよと「彼女」が言う。
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彼女はもう一杯カモミールティーを淹れるためにと立ち上がる。
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そのあいだに少年は携帯型音楽プレーヤーから曲を選ぼうとして苦戦する。いつものプレイリストをブラウズする。何をかけても相応しいと思うか、何をかけても相応しいと思わないかのどちらかなんだから、おまえはさっさと何か曲を選べと少年は自分に言い聞かせる。おまえはそれしか彼女もしくは「彼女」に優しくする方法を知らないっちゃそうだろ。少年は自分にそう言い聞かせる。
少年が自分とそう話し終わった時に彼女がキッチンから戻ってくる。マグカップが二つ、盆に乗せられ、彼女の手で運ばれてきた。茶には蜂蜜が溶いてあった。緑色の陶のスプーンが添えられてあった。その緑のうちに深緑の線が渦巻きの模様を描きそれと並行に走るだか歩くだかしている茶色に近い赤の線があった。彼女はそのスプーンでマグカップを軽くかきまぜてから、茶を口に含んだ。
少年は曲を選んだが、なんだか何の曲が流れているのか分からないまま自分も茶をすすった。
「彼女」が帰ってきたよ。と彼女がふざけて言う。