20110301 - silence (on tuesday)
ヒキガネーゼと「彼女」。
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ヒキガネーゼは「彼女」がそう言いそうな口調でそう言う。
もしくは「彼女」が彼女がそう言いそうな口調でそう言う。
彼女はまるで「彼女」の練習をしてきたかのように「彼女」の役割を精密に果たす。
逆編集の論理を信じるのならば、つまり、少年にとっては、そこにいるのは彼女である「彼女」か、「彼女」である彼女か、ということになる。
一方、彼女にしてみれば、「彼女」が彼女としてどう振る舞うであろうかを常に半歩先から予測して彼女の論理を「彼女」の論理で乗っ取ろうとしている「彼女」か、「彼女」の半歩先を常に歩き続けることにより「彼女」となることから無意識的に逃れようとしている彼女の日常の光景がある、ということになる。
あるいは、逆編集という誤謬に対して少年が抱く熱意に彼女が調子を合わせた結果発生したその状況のなかにこそ、「彼女」なるものが発生すべきなのではないかと、と一瞬彼女は考え込むが、すぐにその思考を追い払う。
彼女と一緒に茶をすすっている逆編集者、少年の存在が、彼女から常に「彼女」を割り出すということを可能にしてしまっている。という前提で行動することを彼女は自身に強制していた。それは、前述の通り、少年のちょっとした狂気に調子を合わせるためだ。
彼女は彼女であり、彼女は「彼女」ではありたくない。
にも関わらず彼女と記述されてしまう彼女がいる。
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彼女は「彼女」の記述であることから逃れたいんだと思うよ、と「彼女」の振りをした彼女がそう語る。
たぶん「彼女」も「彼女」に対してそう願っているんだろうね。
と少年が言う。
きっとそう。と彼女が言う。
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さっき白髪を見つけたんだ。
と少年は先ほど左ポケットに忍ばせた、白く乾いたフィルムを「彼女」に見せる。
これはもう見ての通り白くなっちまってるけど、だからこそこれは誰かが何かを忘れてしまったという事実だけを記録していると思うんだ。あるいは忘却の情緒みたいなものを記録しているか。
彼女は少年の手のひらで自分の白髪に触れる。少年の手汗に触れる。
たとえば、これを再生することができれば、いつか、わたしたちが話しているこの場面のことを思い出しながらも、この時間のことを忘れてしまったと感じることができるわけね。
彼女が言う。
そう。
と、少年が答える。
そのときはもう忘れてしまった記憶のなかにこの場面がある、と感じるんだね。
と、彼女が問う。
そう。
と少年が答える。
それだったら今このときを、わたしたちか、わたしか、あなたによって、忘れられたものとしてずっと未来から思い出されていると考えることもできるね。
と、彼女が確認する。
どうやらそうなるな。
と、少年が確認する。
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もうわたしかあなたが忘れてしまった光景のなかに自分がいるというのは何だか安心できる。
と彼女が言う。
わかってもらえて嬉しいよ。
と少年が言う。
そんな自分の専売特許みたいに言わないでよ。
でも、と、彼女は付け加える。
でもわたしには誰かと一緒に同じ事を懐かしむというのがどういうことかよくわからないの。でも誰かと一緒に同じ事を忘れている事が出来ると信じることができるのは、とても嬉しい。だから、かは知らないけど、今はとても嬉しい。
彼女はもう一度伸びをしながら、そう言う。