20110302 - silence (on wednesday)
正確が許せば。
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わたしはどのようなことを忘れてきたのだろうか。彼女は考える。もしくは「彼女」はどのようなことを見てきて、どのようなことをどのように忘れてきたのだろうか、と彼女は考える。
完璧な時間が流れている不完全な光景や、「彼女」が備える絢爛な文脈の背景でにじむ明かりが物質の内側で速度を通過している真夜中や、声の内側で震えている言葉や言葉の内側で震えている声や、それらが「彼女」に諭すあまりにも沢山の問いのない答えを「彼女」は忘れてきたのだろうなと彼女は思う。
何の意味もなくてもいいはずの光景に答えなんてものを見つけてしまう「彼女」の趣味を彼女は疑う。問いのない答え、なんていう不毛な言葉の連なりを「彼女」なら鼻で笑って一蹴するはずだ、と彼女は思う。つまり、それは「彼女」らしくない。もしわたしが「彼女」なら、と考え始めて、彼女は踏みとどまる。
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「彼女」は彼女を憎み、絶対に許しはしないだろう、と彼女は考える。
「彼女」は「彼女」から逃れようとする彼女を追跡し、征服し、破壊しようとするだろう。
もしくは「彼女」は彼女を模倣し、流布し、言及し、最終的には彼女を消費しようとするだろう。
そのようにして「彼女」は、物語の文法を、意味の力学を、人称の幾何学を保護しようとするだろう。そしてそれは「彼女」の意志ですらない。そして「彼女」はそのことを知りながら、それを非難しないだろう。そのような「彼女」を彼女はほんの少し誇らしく思い、自分が抱いた恐らくは不当であるその感情には気付かないだろう。
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おそらく彼女は「彼女」を憎まない。
もし彼女の性格が許せば、彼女は「彼女」を哀れむだけだ。
世を席巻しつつあった逆編集の黄昏のなかで、彼女は「彼女」のことを思うことがあった。そして彼女には「彼女」を乗り越えていく自信があった。でも、そのあとで「彼女」はどうするのか。と彼女は思い至る。
その時に、それが正当なものか不当なものかは分からなかったが、彼女の「彼女」に対する哀れみが瞬いたのだった。でもそうしてしまうと彼女は「彼女」でないどころか、彼女ですらいられなくなる。そのような変節を経た結果、新たにその道筋を背負った彼女が瞬きひとつでよみがえってふたたび前へと、進行方向へと、方向へと進行しようと、向き直った時の彼女の後ろ姿を、少年は「彼女」の後ろ姿と見間違えたのだ。
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それ以来、「彼女」の振りをした彼女は、「彼女」が「彼女」であることを止めようとする場面を少年の前で演じている。
それは少年の世界観のなかでは、単に彼女が「彼女」であることから逃れたがっているだけのように見えただろう。けれども実際には「彼女」は彼女であるせいで、最早それ以上「彼女」であることに能わなくなっていた。
もちろんそれが「彼女」の思惑であるかも知れないと彼女は油断なく考えているわけだが、それを「彼女」の思惑だと油断なく考えているのは当然「彼女」のほうかも知れなかった。