20110317 - silence (on thursday)
夜が過ぎ、夜が過ぎ、夜が過ぎる。
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夜が過ぎ、夜が過ぎ、夜が過ぎる。「彼女」と彼女は無関係なのだと、「彼女」の振りをした彼女が少年に話す。関係があるとすれば、それは少年と介してのことであり、あなたがいなければ「彼女」が彼女の姿に似ることもなかったんだけど、別に彼女が少年のことを恨んでいるということはない。と彼女は言わない。「彼女」なんて所詮は作り事だから。作り事がそこにあることを認めることになるから。と考えている彼女は、自分が少年の代わりにそう考えているのではないかという疑いを持つ。あるいはそれは少年により発見された「彼女」が彼女に及ぼしている影響か。それを彼女に意識させていることが、「彼女」が彼女に及ぼしている影響ではあるのだが、そもそもそれは彼女が少年の狂気にちょっと調子を合わせた結果発生している事態であり、実際に起こっていたのはもっと別の物事だったが、これはその別の物事についての物語ではない。
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彼女はまだ三十に届いていなかったが、何故自分が既に数千年を生き終わっていないのかがいつも腑に落ちなかった。あるいは何故周りの人間が、彼女が数千歳であることを認めないのかが分からなかった。つまり、彼女は自分だけがそのことを認めればいいということを分かればいいということが分からなかった。彼女は正気を保つことのほうを選んだ。
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彼女は「彼女」の憤りを理解できるような気がした。あくまで漠然とした「彼女」の漠然とした怒り、その怒りを信じることは「彼女」であることであり、それは彼女自身の選択でもあった。彼女はある部分では「彼女」として生きることを受け入れていた。その取り決めは、自分にも知られぬことのない密約であり、あらかじめ「彼女」に知られぬことのない彼女の「彼女」に対する追悼であり、少年に知られぬことのない彼女と「彼女」のあいだの罪のない、過去を持たない、未来を待たない、鏡越しに交わされる小さな目配せだった。
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それはある意味では彼女に課せられた責務であるとも言えたし、それを無視する自由も彼女にはあった。「彼女」は偶然この物語のなかで彼女の姿をとっているに過ぎず、「彼女」の怒りは彼女の怒りであり、「彼女」のふりをしているときでさえ彼女は彼女だった。彼女は少年により見られていることに生じる「彼女」の姿をまとい、「彼女」を理解しようと努め、それは少年に対する彼女の優しさとはまた別のものだった。彼女は少年に対して寛容だった。彼女が彼女自身に対して寛容であるよりも、遙かに寛容であった。どこかで沈黙を引き受けるものが必要だと彼女は知っていて、その役割を彼女自らこなそうと思ってはいたが、結局はそれは「彼女」の痛みと同質なものであることを彼女は知ってはいた。彼女は痛みというものを、あまり信用していなかった。痛みは記憶であり、現在ではないというのが彼女の持論だった。