nobody hurts

March 19, 2011

20110319 - silence (on saturday)

風の残骸でできた部屋。



 何年も彼女を追いかけていた風の歯車が弾け飛んで、風速の部品をまき散らしながら不時着したその先に彼女は住んでいて、彼女の部屋には大破した風の破片が散らばっている。彼女は自分のすぐ背後にある、コンクリートの駆体や、本や洋服の山、CDやレコード、散乱した生活雑貨や洗濯かご等は、かつて町から町を渡る風の残骸であると知っていた。彼女が初めてその部屋に辿りついたとき、その部屋の一番奥にある窓から街路を眺めながら窓枠を指先でなぞっていたとき、自分の背後で墜落した風が部屋中に散らばるのを感じたが、彼女は振り返らなかった。花粉を感じて少し鼻がむず痒くなった。振り返らなくても分かった。自分の背後には、自分に追いつききれなかった風の抜け殻が横たわっていて、その風の、最後にそよいだ部分は、風に背を向けた彼女の唇からそっと吐き出されて、窓の外の景色に溶け込んだ。



 何年も少年が追いかけていた夜の歯車がかみ合って、どの朝にも続かない、どの朝の続きでもない、ひとつだけ余分で特別なずっと続く夜が生み出された。その瞬間を少年はずっと待ち受けてはいたが、訪れたその夜をどのようにしていいのかが分からなかった。その夜はそれまでに訪れたどの夜とも違っているように思えたが、そのぶんそれはそれまでに訪れたどの夜にも似ていた。彼女の部屋で大破した風の破片が、その夜を吹き抜けていくところを少年は想像した。都市の破片をころころと転がし、彼女が歩き辿りついたその背後に居室と日だまりを作り上げるような種類の魔法。長年彼女のあとを追いかけ続け、結局は「彼女」の部屋で大破することに相成った風の部品だけあって、少年が覚えたある一つの特別な夜にそれは理由もなく似つかわしかった。



 何年も「彼女」を追いかけていた風の歯車が弾け飛んで、風速の部品をまき散らしながら不時着したその先に自分が住んでいることを「彼女」は知っていた。当の彼女は因果の彼女側のすみで常に「彼女」込みで更新されながらも、何気ない顔をして、鼻歌交じりで、風や夜に対する少年の思い込みを一身に引き受けていた。歯車が弾け飛んで大破して彼女の部屋をだらしなく飾っているのは、いま自分の部屋でともにカモミールティーをすすっている少年の方ではないか。



 彼女は何年も自分のあとを追いかけ続けている風の存在を知っていた。それに吹かれる時があれば、そのときこそは、それが自分が吹かれることを求めていたその風であると分かると心得ていた。そして、その種の思い込みの病は少年から伝染したものだと思い込むことにしていた。実際には、彼女自身、吹かれるに価する風をずっと探していたのだが、自分のなかにあるそのような不穏な思い込みは、少年が自分を媒介にして発生させているものだと信じることに彼女は決めた。つまり、自分の思い込みを、いちど少年という形に外部化し、そのことにより狂気を迂回して、自分の思考の健全性を保とうと彼女は決定した。その意味では彼女は「彼女」とも共同戦線を張っているとも言えたし、自分の迂遠な思い込みを保全するために彼女が「彼女」を利用しているという見方もできた。

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