nobody hurts

March 23, 2011

20110323 - silence (be there then)

それが自分を見る前に、それを見つめ返した。



 少年や彼女が何年もかけて理解したことが数行にまとめて書かれている。そこで省略された部分はこの文章が読まれている背後でずっと流れていることに単に少年と少女が気付かないまま。少年は彼女がそれに気付いてないと思っているし、彼女は彼女で少年がそのことに気付いていないと思っていた。両者とも経験の背景で流れている時間をはっきり認識していると自負していたし、この時にも彼女は、少年に見られることにより生じる「彼女」にその確信を一旦預け、少年と共に居ながら「彼女」の振りをすることにより、そのアイデアを思考することを得た。自分の狂気が自分を見る前に、それを見つめ返した。



 「彼女」を経由することにより、自分の狂気が自分を見つめる前にそれを見つめ返している、といった手順で、何かを仮定し続ける自分を「彼女」に完全に預けきることができない彼女の慎重さを、彼女が実際にそのことに慎重かどうかは抜きにして、少年は理解していた。他の人間や、自分に見られることにより発生した自分の部分にパラノイアを委託し続けた結果、やがて見られることによって発生していた自分の部分が自分に向けられていた眼差しを振り返ると、そこには誰もおらず、単に眼差しだけがいつまでもそのままで残っている、かも知れない、というひどく遠回りな怯えが彼女の空論にブレーキをかけていた。



 自分に見られることにより発生した自分が自分のかわりに生きていくのは構わないかな、と彼女は思う。地上の季節が変化するみたいに。体の分子が入れ替わるのと同じで。季節のその変化を楽しむ彼女がそこにあるのならば。季節のその変化を楽しむ自分がそこに一貫して存在してきたことを彼女がいつか思い返すのならば、その時、彼女はおそらくまったく別のものを追想することにより少年のことを思考しているのであり、その少年が見ている彼女が季節の変化を楽しんでいる、と彼女は納得するかどうかを決断することになるだろう。



 良識で狂気を隠蔽し続けようとした結果、先出しのジャンケンがそれぞれの頭のなかでいつまでも時間をさかのぼりながら続き、どこかで一周して戻ってきたその瞬間において少年と彼女は対峙しているにも関わらず、緩慢に流れる午後の時間のなかで少年が選んだ音楽を聴きながら彼女が淹れた茶を二人してすすっているだけのようにも思えてきたところで少年は我に返り、相手の狂気が見ていると思われる自分の狂気を想定して、保たれることにより存在するだけの均衡をただ保ち続けた。そうとしか考えられない、と一人で決めつけている少年をそうとしか考えられない自分に彼女は思い至るが、今はまあいいやと思うことにする。それにまあ何から手をつけても一緒だろう、という軽率な展望を彼女が持っていると思い込んでいる少年は、自分は彼女が思っているであろうよりはずっと楽観的ではないと自負しており、それを勝手に証明しようともしていた。

category

archive