nobody hurts

March 27, 2011

20110327 - silence (hallucination)

皮膚が粉となり風に遊ばれる。



 少年が口を開こうとする。彼女と「彼女」が少年の話を聞こうとしている。彼女たちが何を聞きたいということはなく、少年が何を言わなければならないということもやはりないのだろう。部屋が春で溢れて、呼吸するのも困難だった。光りに溺れるようで、目を開けているのも辛かったが、それは単に考え過ぎから引き起こされる事象だった。春の匂いがするのか、彼女の匂いがするのか、「彼女」の匂いを嗅いでいるのか分からなかった。それとも記憶のなかの彼女の匂いというのはあるかも知れない。だがなおさら彼女に呆れられそうなので、少年はここでそのことに触れるのはやめておいた。別にそんな話しをしたところで今更、彼女も「彼女」も気にはしなかっただろうけど。



 少年が口を開こうとする。いつも口を開く寸前のような感じがする。喉元まで空気が出て、あとは体で意味を与えるだけの、ちょっとした余韻が先にくるような状況が続いている。言葉それ自体を思い出すまえに、言葉の響きや音律を思い出し、それに総当たりで語彙をぶつけて、響きと意味が合致する語句を検索する。音律と意味だけが口のなかに存在し、言葉が見つからない。音律と意味だけを伝える方法はないか、と、何だか半分溺れたように感じ始めた時に、探していた言葉がその音律と意味をまとって出現する。



 少年が口を開こうとする。少年は、彼女、というのが誰なのかよく分かっていない。「彼女」が自分の目の前にいることは分かる。でも自分の目の前にいる「彼女」は彼女がその真似をしているだけの存在だと「彼女」の振りをした彼女が少年に告げたので、「彼女」の後ろに誰かがいることは理解し始めているが、それが本当にはどんなことなのかは今は少年の理解の範疇にはない。「彼女」は漠然とした音律と意味のようなものを担っているのではないかと少年は考える。そこに実際の言葉と発音を重ね、呼吸に肉体を与えているのが彼女なのだろうか、と少年は思う。



 少年が口を開こうとする。春風をくぐって乾燥しているはずの空気が妙にべとついて、スローモーションの瞬間が重く容赦なく、少年と彼女の肌を削り落としながら過ぎていく。皮膚が粉となり、風に遊ばれる。一方で動きに濡れた体が重い。動きはどこまでも軽い。このまま何も言わないままでいたら、自分は沈黙の底で溺れてしまうのではないかと少年は考えた。「彼女」は何も言わないまま少年を見つめている。それともまだ「彼女」の話しを遮るかたちで自分は何度も口を開こうとしているだけで、ふと「彼女」が口をつぐんだ瞬間を自分が勝手に引き延ばして何度も味わい直しているだけだろうか、自分の記憶のなかにある「彼女」の言葉で、自分がまだ実際に聞いてないのはどれか。そうして既に起こってしまった物事を何度も別の角度から眺め直すことを繰り返して、どれが実際に起こっている最新の出来事なのか少し混乱して分からなくなっているだけかも知れない。少年は慎重にそう考えた。笑止だ。もし少年が彼女もしくは「彼女」にその話をした時には、彼女たちはそう断ずるだろう。

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