20110331 - silence (-like wonder)
茶の味。
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彼女は少年に見られることによって生じる「彼女」を化粧のようにまといながら、春の始まりを迎え入れていた。少年が新たに曲を選んでいるあいだに、今度は、彼女は湯で満たした茶のポットを運んできた。いつもはカフェイン漬けの少年は、カモミールティーの涼しい後味を楽しむことを覚え始めていた。たぶん、この時間のことを忘れてしまったとしても、この茶の味はずっと覚えているんだろうなと少年は思った。
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思うだけではなく、少年は彼女にそう伝えもした。
彼女は何らかの意味で自分が侮辱されたと感じるだろうか。
即席の不安が沸き上がり、それは、過去から未来まで時間線に沿って、感情の線維に滲んで、一本の線のそのあとかたの予兆のようなものを残した。
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あなたはわたしのことを忘れてしまってもこのお茶の味は忘れないって言ってるの?
と彼女は問う。少年はこう返す。
ただこのお茶の味は覚えたってことだよ、知識として。
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何もかもが変わったとしても、このお茶の味は変わらない。お茶の味っていうのは、自分のなかだとそういう領域に属しているのだけど。
と少年は不格好に付け加える。彼女はマグカップに目線を落としながらこう言う。
何もかもが変わったとしても、わたしとあなたとこのお茶の味は変わらないということにしましょうよ。
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わたしのなかのあなたや、あなたのなかのわたしは変わらないということにしておきましょうよ。例え他の何もかもが変わってしまったあとでも。
彼女は彼女らしくもなく感傷的な言葉をもらした。自分で自分らしくないな、と彼女は思っていた。「彼女」らしくないなと思いながら、少年はこう付け加えた。
ただこのお茶の味を覚えたという話しが、何でそこまで広がるんだろう。
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君が何かの意味で合わせてくれているとか…。まだ始まってもいない話しに話しを合わせてくれているみたいだ。
自分で言っていることの意味すらよく掴めないまま、少年は打ち明けた。彼女は真実から身を逸らしつつ、こう応えた。
変な恩に着るのは止めて。
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変な恩に着るのは止めて。勝手に変な恩に着て、その内容をわたしに後付けで実現させるみたいな真似は止めて。
真実から身を逸らしつつ、また別の真実にもたれかかりながら彼女は言い放った。少年は沈黙のなかに沈もうかと思ったが、辛うじてこう言葉にすることに成功した。
君はいまたぶん、もう終わってしまったものに話しを合わせてくれているんだ。
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君はいまたぶん、もう終わってしまったものに話しを合わせてくれているんだ。だから今だって、今後だって、この話しでふたりのどちらかが気を止む必要なんてないんだ。
そこにない話しの脈絡をどうにか辿りながら、少年は懸命に意味を組み上げようとした。彼女は意味を汲んで、こうつぶやいた。
問題はあなたがまだ始まってもいないことを、終わってしまっていると見なしていることだと思う。
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だって、言ってみれば、ずっと遠くにある恒星、地球に光りが届くまで何十万年もかかるような距離にあるその恒星からの光りはまだ見えないまま、その星の物理的な構成を常に把握していると思い込んでいるみたいな気持ち悪い状態じゃない。
彼女はこの時点で心底うんざりしていた。何で自分がこんな喋り方をしなければならないのか分からなかった。それほどはうんざりはしていない少年が彼女の話の続きを引き受けた。
この星の話しを、まだこの星の光りが何らかの意味で届いていない場所でしているだけかもしれないじゃないか。