nobody hurts

April 2, 2011

20110402 - silence (another day)

すこしの音。



 すこしの音がしたような気がした。でも彼女の部屋は音に様々な音に満たされていた。そもそも少年がずっと自分で選んだ音楽をかけていた。それ自体は悪くない。音楽の趣味も悪くないと彼女は思う。
 ただ、自分で喋るかわりに、ずっと曲を流しているように見える。そして自分で選んだ曲に彼女とともに耳を傾けることにより、彼女の言葉や、彼女の内側の沈黙に少年は耳を澄ましているかのようにも見えた。
 その自分勝手な構図には少しの胸躍るような要素も見つからなさそうでもなかったが、彼女が好きだったのは、曲と曲のあいだの、数秒間の無音時間に、少年の呼吸音に耳を澄ますことだった。唐突に曲が終わって、スピーカーの方に目をやるときの少年の、すこし荒くなった鼻息が、彼女は可愛いと思った。



 すこしの音がしたような気がした。ついに彼女の心が聞こえたのではないかと少年は心を躍らせたが、もちろん誤解だった。心が聞こえるとしたら、それはどのような音を立てるのだろうか、と少年は思いを巡らせた。
 誰かが、誰かの、例えば、少年が彼女の心の音が聞こえたときに鳴っている他の全ての音が、実は、彼女の心が鳴る音で、ひとつの心がそれ自体のために音を奏でるということはないのだろう、と少年は思うことにした。でもそうなると、自分が立てている音も彼女の心が鳴らしている、もしくは鳴らしていない、音に含まれるのだろうが、そしてそれはそれとして納得できなくもないが、もしそうならば自分がいない場面で、彼女が心が鳴らす音を聞きたいと少年は思った。
 だが、少年の頭を流れるこの一連の内的独白も彼女の心の一部として聞いている自分が思い浮かんで、少年は即座に思考を停止した。



 すこしの音がしたような気がした。薬缶を火にかけたままだった事に彼女は気付いた。
 慌てて台所までいくと、薬缶のなかで湯が沸騰していて、蓋が震え、注ぎ口からは湯気が沸き立っていた。彼女は火を止め、注意して蓋を持ち上げると、一斉に湯気が立ち上り、普段自分が習慣的にいれる水量の半分程度しか薬缶に残っていないのが分かった。彼女はもう一度水を注ぎ足すと、火を点け直した。
 と、すこしの音がしたような気がした。にわかに音楽が鳴り止んだ居間で、少年が茶の入ったマグカップを倒して、中身をこぼし、どうにか収拾をつけようと無駄にあわてて、そこらを歩き回り、何か拭くものはないかと部屋を物色していた。彼女は溜息をついて、布巾を持って居間へと戻った。

category

archive