20110405 - silence (visible)
どこかでは一瞬が始まっていた。
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部屋を満たす静寂がほとんど目に見えそうだった。誰かがそこに座っているのを誰かが眺めていた。少年のなかの誰かが、彼女のなかの誰かを眺める、というのならそれは美しい構図だろうな、と少年は思った。
それとも、誰かのなかの、希望らしい希望を持たないがゆえに諦めるということを知らない少年が、誰かのなかの、絶望をすでに比喩として取り扱っているがために諦めるということを知らない彼女と出会うのなら、それは素敵な構図だろうなと、少年は思った。
おそらく自分たちの出会いにはそのような側面もあるのだろうなと少年は思う。自分がこのように感じているこの側面があるのと同じように。どのような物語にも翻訳されうる記憶の原形質のようなものが、いまはただの静けさとして部屋を満たしていて、ただの部屋がその静けさを満たしていて、それと同じ静けさが少年を満たしていて、少年は同じ静けさを満たしていた。縮尺を替えながら、単位を替えながら、言語を替えながら、経験の単位時間を替えながら、変わるということの意味が変わるなかで、ずっと変わらないように見える幾晩もの夜が過ぎたことを少年は知っていた。あるいはそれは単に自分が変わってないというだけのことか、それとも変わっていく自分を見ている自分は変わらないのだなと少年は結論を下し、結論が続き、結論は変わり、結論が変わっても、結論の意味は、本当のところはそれが分からないという一点を論拠に、それは不変だと言うこともできた。
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少年が始まり、彼女が始まり、わたしが始まり、あなたが始まっていた。いつも、懐かしい時間が始まり、思い出が始まり、忘却が始まり、回想が始まっていた。
都会が始まり、どこかでは夜が始まり、また別のどこかでは一日が始まり、どこかで一生が始まっていた。どこかでは一瞬が始まっていた。入射角が始まり、反射角が始まり、速度が始まり、経過時間が始まっていた。
喉の渇きが始まり、閉じたまぶたの奥の深さが始まり、涙は眼球の裏から滴り始めていた。傘のように開いた舌が眼球の裏から雨だれのように落ちる涙に打たれたら、言葉に似た何かが跳ね返り始めるかもしれなかった。
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比喩でしか語られ得ぬ何かが、それを語ることのできる言語を探していた。相互に浸透する物事の意味が、今のところ新たな視界を組織化し、今のところ今のところと呼ばれるものが、一日という単位で測られるひとまとまりの時間を終わりを飾っていた。
彼女という比喩、そして彼女の比喩で語られる彼女が少年の前に座っていたし、もちろん、少年も何かの比喩として、もしくは少年の比喩で語られるものとして、それまでの人生で覚えた余裕の表情の下手な模倣の要らぬヴァリエーションを重ねながら、彼女に向かい合っていた。それが何かの比喩であるというのは、もちろんそれも比喩であり、もちろんそれも比喩であり、それが意味のほうでもあるかも知れず、それはだいたいのものと同じように、意味でしか存在することのできない何かかもしれなかった。
もうなくなってしまったものと、まだないものの関係が、現在を決定していた。あるいは現在はずっと未定なのに、次の瞬間だけはいつも見えていて、焦点は手前へ向けて遠ざかり続けていた。