nobody hurts

April 7, 2011

20110407 - silence (intangible)

頬。



 このときには少年の主観的には少年と彼女との触れ合いは発生していなかった。少年はまだ現在を逆編集しているつもりになっていた。つまり、「彼女」に触れながら、そこにいる彼女に触れているのは誰か別の人間の掌だという振りを少年はまだ続けていた。少年は自分がそこにいないふりをまだ続けていた。
 彼女が映画のように起こっていて、誰かの掌が映画のなかの出来事のように彼女の頬に重なっていた。彼女も「彼女」も同じ風速を持つ血流を共有しながら、それぞれ別々の人間として駆動していた。「彼女」の頬の温かさの奥にも結果のない力が渦巻いていた。目の前の映画のなかで彼女に触れている誰かもその渦を感じていることを少年は知っていた。もしくはそんなことを知る少年を少年は知っていた。
 「彼女」の掌と指が、「彼女」の頬に触れている自分の手の甲に添えられていた。「彼女」の頬の仄かな温もりと、「彼女」の指の冷たさと、少年の上腕に当たる「彼女」の息と、「彼女」の眼差しが少年を形作っていた。少年がそれ以上崩れることがないと確かめるように、「彼女」は掌と指で少年を守っていた。



 彼女はずっと「彼女」の振りをしていた。それは誰か別の人間として少年に触れられるという絶望的な演技である一方で、「彼女」に対する想像力を彼女が働かすことのできる時間でもあった。自分がそうであると仮定されている誰か別の人に少年が触れている感触が自分の頬の上で起こっていて、自分がそうであると仮定されている誰かの思考だと仮定することのできるものが自分の頭のなかで起こっていた。それをそのように仮定しているのが自分ということになる。それはそのことを仮定することにより生まれてしまった自分であり、行き場がないそれはまだそこにいた。
 当然のごとく彼女は自分がそうであると仮定されている誰かの内側にいた。彼女がそうであると仮定されている誰かは、少年の手を取り、それを自分がそうであると仮定されている誰かと、彼女の頬に触れさせた。彼女が自分の思惑を分かっているなら、彼女がそうであると仮定されている誰かも同じ思惑を持っているのだろう。彼女がそうであると仮定されている誰かと、彼女がやっきになってその振りを続けている「彼女」とが一致する必要も根拠もそこにはない。ここになり、「君は間違えた映画のなかにいるよ」という表現を思いついたひとの考えを彼女は理解できたような気がした。そこでいう「君」というのは当然、わたしではなく、「彼女」であり、わたしがそうであると仮定もしくは断定されている人間らしきものなんだけど。この期に及んでわたしがどこかの物語の登場人物ということがなければ。彼女は注意深くそのように付け加えた。
 血液が風となり彼女の体中を巡っていたので彼女は内面ではその風に吹かれていた。あるいは血液が風であると感じられるのは「彼女」を通した処理であるかもしれなかった。つまり体のなかをずっと吹き続ける風があるという振りを彼女はしているわけで、それがそういうことなら振りではないその場合があるのかもしれないと彼女が考え得るのだった。

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