nobody hurts

April 9, 2011

20110409 - silence (physical)

背。



 彼女は少年の肘に触れていた。少年は彼女の腰に触れていた。自然と、少年と彼女は抱き合うような格好になった。抱擁が交わされる寸前の瞬間を、少年の肘に触れる彼女の指がもてあそび、現在から見た未来や過去ではないいずれかの方向へと転がしていた。彼女は瞬間の力を受け流し、吸気と呼気のあいだのその短い隙に虚構を育み、それ以外の時は現実に順応して、例えばその時には少年に抱き寄せられるようにしながら、彼女は「彼女」である振りを続けていた。
 どちらかが呼吸すると、それはどちらの呼吸だったのだろうかと、どちらもが考えた。
 互い違いの方向を見た顔が擦れ違う瞬間で立ち止まり、その瞬間を慈しんでいた。向き合って座り、彼女と少年は偶然に頬や頬骨を時に擦りあわせては偶然に愛撫を交わしあっていた。あるいは偶然が彼女と少年を愛撫していた。どちらかにとってはそれは偶然ではないのだろうなと、どちらかが思っていた。だから結局はそれはどちらにとっても偶然の出来事ではなかったかもしれなかった。



 少年はまだ逆編集を続けていた。逆編集を続けながら、彼女と半ば抱擁しあうような姿勢と取っていた。その距離で嗅ぐ彼女の髪の毛やら衣服や体の匂い、少年の胸元に時折触れる彼女のオレンジ色のセーターの感触、そのセーターを通して伝わる彼女の筋肉と脂肪、支えられるためでもなく伝わる彼女の胴体の重さ、それらひとつひとつのものをさらにひとつのものにまとめあげている自分の身体感覚、少年はその身体を感じているのが自分ではないという振りをしていた。
 自分の身体から自分を除外する。自分が感じているはずの感覚だけがそこに存在するという状態、そのように語る虚偽を含めて、少年は状況から説明される自分を眺めていた。少年の掌の内側の彼女の腰の細さが、彼女の胴体ごと曲率を変えて、判然としない力点を少年の掌に発生させていた。力点は少年を居場所を突き止めようとしていた。だから、というわけではないかもしれないが、少年はその力点のありかを探ろうとしているのが自分ではない振りをしていた。それは状況のてのひらであり、少年のてのひらではない。
 それは逃避ではなく、習性だった。



 少年が消え去り、「彼女」の肉体を介して伝えられる刺激のみがそこに存在していた。少なくとも少年はそのような振りをしている。もしくはそのような振りをしている。そこまでは彼女の計算通りだった。彼女は少年の肘にかけた人差し指と中指を少年の骨格に沿って優しく、無感情に前後に滑らせていた。
 それから彼女は少年の肘にかけた指に軽く力を入れて、まだ遠慮がちに彼女の腰に触れていた少年の手を自分の背中へとうながした。
 彼女の背骨の数を中途半端な途中から数えるようにしばらく彼女の背中をさまよった少年の左手の掌は彼女の肩胛骨のあいだにあてれらた。どこからともなく現れた少年の右手がその左手と交差して、彼女の右の肩胛骨に触れた。

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