nobody hurts

October 19, 2011

20111019 - a song - 2

 あたしと樫は公営住宅の夜から抜け出して時計だけが午前二時を指している繁華街の人混みのなかにいる。そのまま繁華街を抜けて歩き続ける。平日の夜だ。
 樫はいつもみたくあたしの格好にけちをつける。あたしはそれを聞き流す。あたしは肩胛骨のあたりまである髪を結い上げて細い三つ編みを何本か垂らす。裏返しに着たグレーのトレーナーの襟元のタグには夕立を刺繍した。たまに止んでいる時もあるが、気付けば雨はまた降っている。あたしの睫毛を透かすと物事はそのように見える。
 そのトレーナーには他にもワッペンやらバッジやらが留められていて、手洗いの時に外せるバッジは外す。そのトレーナーはもう何年も着ているものだ。と言いたいところだがまだ一年と少ししか着ていない。どこでそのトレーナーを見つけたものだかもう覚えていない。どこにでもありそうなプレーンのトレーナーで、襟元が少し伸びている。グレーのトレーナーだけど裏地は少し毛羽立ち、白に近くて、頼みもしないのに誰かが勝手にバッジをつけてくれることもある。かと言ってじゃらじゃらと装飾がうるさいというほどでもなく、たまにワッペンやバッジを張り替えたりして穏当な見かけを保とうと努力している。
 「なあ睫毛、まるでスクリーンみたいなトレーナーだな」
 と背後から樫が言う。樫は黒いパーカーにベージュのチノパンを合わせている。映画で見たどこかの国の憂鬱ではないサバービアの大学生みたく見える。
 「まるでトレーナーみたいなスクリーンでしょ」
 とあたしは答える。
 あたしと樫は行く宛でもあるふりをしながら歩く。ただ歩くのが好きなのだ。そしてあれこれ好きなことを言い合う。あるいは格好つけて沈黙を使って会話をする。樫は自動販売機を見つけるたびに缶珈琲を一本ずつ消費する。
 「体に悪いよ」とあたしが言うと、
 「命は体に良くない」との答えが返ってくる。
 「生命は性病である、っていうジョークみたい」
 樫はあたしの言葉を聞き流して工事現場に向けて空き缶を放る。月と地表のあいだを風が吹いて抜ける。
 樫が口笛で夜風に命を吹き込む。新鮮な夜風がその懐かしいメロディをすすぐ。時間の流れがすっかりと落ち、それは現在に属するものになる。それでもあたしは樫が未来に向けて懸命に口笛を吹いていることを知っている。息が闇に溶け込み時間のどこかで滴になって落ちる。
 「それなんの曲だっけ」
 と聞くと、樫はまた別の曲を口笛で演奏し始める。
 そのどちらかの曲名はきっと『アイ・ドント・ノウ』なのだとあたしはあたりをつける。
 そのような内実を確かめないままの冗談を沢山抱えたままあたしたちは歩き続ける。そうやって特にあてもなく歩いていること自体が内実の確かめられないままの冗談の一つではないかと思うこともある。
 あてもなく歩いているという割りには様々な場所に立ち寄る。あたしと樫は立ち寄った先のバーで一杯ずつ酒をおごりあう。乾杯とは言わずにただグラスをぶつける振りをする。午前四時くらいに辿り着く場所ではあたしも樫もほとんどすっからかんで、生ビールを一杯注文してそれを二人で分け合う。近所のコンビニまで出るのも億劫だった。
 「あんなに缶珈琲ばかり飲まなければ良かったのに」とあたしが言うと、
 「そうじゃなかったらこんな時間まで起きてられない」との答えが返ってくる。

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