nobody hurts

October 23, 2011

20111023 - a song - 6

 情報が表層を均したうえで内容を分類しひとつの時代に於ける感情の置き場所を定めた。薄暗い時代を経て遂に何も見えなくなりあれこれ感情を指示する既存の言葉からようやく抜け出しつつあるとひとり感じる。あたしは翻訳作業をそのようなところに留意しながら進める。英文和訳が主で和文英訳の仕事が回ってくるときもある。趣味で英詩を書くが、それを誰かに見せたことはない。
 幻影に慣れるためには感情を抑えることを覚えなければならなかった。睫毛が伸びたのは六歳の頃だったが、自分にしか見えていないものにいちいち反応していたらまともな社会生活は送れないと子供ながらに理解していたのだろう。教室の机の引き出しから砂が溢れ、黒板に太陽が映り、五月なのに蝉の鳴き声がして、清く正しく机に向かっている総勢三十名の生徒に囲まれ、教室の出入り口からは笹の葉が飛び出し、背後のロッカーにはまた別の三十名の生徒が入っていて、弁当箱の中に弁当箱が入っているのが分かり、つまり弁当箱が弁当箱に入っているだけだと分かった。
 そこに実際にあったものは教室と机と黒板と総勢三十名だけの小学生と五月のそよ風と出入り口とロッカーと、弁当箱のなかに入っていない弁当箱だけだった。そのようにいつも区別をつけた。訓練というほどの訓練は要らなかった。六歳児の常識がなんぼのもんじゃと思いはするが、その感覚と共に育ったのだからそのような心がけを定めた幼い自分にそれとはなしに感謝している。
 結局始発で帰った朝は公営住宅の屋上に上り日の出を見るという儀式を行うことができなかった。その時期の日の出は六時少し前で、少し余裕を持って公営住宅に帰りつくことはできたのだが、樫はそのまま自分の部屋に戻ってしまった。自室に戻ったあたしは髪の毛を下ろし三つ編みを解いて、トレーナーを脱ぎ捨てTシャツのままベッドに横になる。締切の近い案件はなかったか考える振りをしたがその分の記憶はメールの受信フォルダに預けたままだ。
 部屋の壁がゆっくりと伸縮して呼吸しているのが分かる。テーブルの足には階下から届いた蔦が絡みついて上り、八時間以上は放っておかれたままであろう珈琲にありつこうとしている。長方形の木片が敷き詰められたの床にはところどころ雑草が生えていて、それはいつものことで、寝起きの運動代わりに草むしりをすることもある。床にはファッション雑誌や音楽誌、あとは漫画本が積まれている。焦げ茶色のタンスにはあたしの持つ衣装がそれらがそうされるべく整頓されて収納されている。
 例えば古着屋で見つけた黒いシャツスカート、逆さになった桜ん坊がプリントされていて1960年代後半のBIBAの製品ぽく見えるがボタンの形が違う。自分で肩パッドをいれてシルエットをそれらしく調整した。あるいはフリマで買った、あたしにはその名前を言い当てることの出来ない花の白いシルエットのパターンが乗った赤褐色のナイロンのスモック。その袖に、縦に三つボタンを縫い付けた。
 あたしの睫毛は人々が着る服にそこにはないプリントを重ねる。中学生くらいの頃からその模様をスケッチブックに写し始めた。睫毛はあたしの経験や視覚への刺激の強度を視覚化する。あたしの睫毛は時代により成形され、あたしの視界をアレンジする。自分の無意識によりアレンジされたものを自分で受け取りながら、現実は現実で噛みしめる。あたしはこの街で始終感電しているような状態が好きだった。沸騰でも延焼でもなく単なる感電。
 この街の視覚や空気が生み出す空電を拾いあたしの睫毛は働いていた。
 眠れないままあたしは体を起こす。透明のコップに水を注ぐ。
 たまにこんなことをして遊ぶ。
 そのコップに睫毛を一本だけ抜いて浮かべる。
 睫毛は水面の真ん中あたりでくるくると回転し、そこから色が溶けて落ちる。
 ネオンのように、インクのように、稲光のように、様々な色や模様が水を透明なまま染める。水を内側から照らす。コップを形作るガラスに光りが反射する。その光りがコップを覗き込むあたしの肌を染める。部屋のあちこちにその微かな染みが浮かび、その模様は中空を移動するように壁面をなぞる。
 あたしは、それがコップの水面に浮かぶあたしの睫毛の実際の働きなのか、それともあたしの睫毛があたしに見せている幻影なのか分からないふりをする。

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