nobody hurts

October 28, 2011

20111028 - a song - 11

 目を閉じて時の流れに焦点を合わせたままあたしはシーツの上に曳き止められ、眠りに落ちる。
 また誰かに睫毛を切り落とされる夢を見ながら、あたしはそれを夢だと気付いている。ステンレス製の銀のプレインなハサミのその艶がその夢の中、あたしの睫毛の見せる幻影として見えている。誰かがそれを持つことさえせずにハサミを開いたり閉じたりしている。夢のなかであたしは気付いている。その誰かがあたしの睫毛を切り終えた時に、ハサミも、そしてそのハサミを開閉していた誰かもあたしの睫毛と共にすでにそこから姿を消していることを。
 そして目を覚まし目蓋を閉ざしたまま考える。今日は昨日の続き。昨日がいつだったかは覚えていない。昨日がいつだったかを思い出すためにあたしは目を開き、上半身を起こす。毛布を下半身に絡めたまましばらく呼吸を意識して行う。自分が息を吸っているのだか吐いているのだかその都度判断して呼気と吸気を数え呼吸のサイクルが定まるまで待つ。
 同じ作業を目蓋に対しても行う。
 目蓋を上げたり下ろしたりしてその都度自分が目を閉じているのか開いているのか確認する。そのようにして何度か瞬きを繰り返し自分が目蓋が上がっている時に自分の目が開いていることを確認する。というのもあたしの厄介な睫毛のせいで目を開いているときにも目蓋の裏の景色が見えることがあるのだ。
 他人と共有可能な現実と自分にしか見えないものの区別は付くとは話した通りだが、起き抜けには現実と幻影を見分けられずに幻影としてそこに浮かんでいる歯ブラシやコップを手に取ってしまうことがある。すると部屋が水で満たされていて、その水槽のなかにいるあたしはコップでその水の一部をすくい取り、口に運ぶ。しかし目には見えて手で触れることはできてもそれを所有することは出来ないというルールが働いて、コップですくわれた分の水が唇に触れた瞬間に部屋中で水位が下がりどこかからどこかへ向けて飛沫が上がり、盛大な音を立てて一秒先一秒先へと床から水が沈んでいく。幻影だと分かりながらも目を丸くしてその様子を見ているあたしの左手にはまだ水の残ったグラス、右手には歯ブラシが握られているが、それらも程なくして消える。
 自分が目を開いていることを確認する時、あたしはまだベッドで半身を起こした姿勢のままだ。
 昼夜の別がなくなり時刻だけが残るとか抜かす割りにはあたしの部屋には時計がない。カーテンの少し壁から浮いた部分から差し込む日射しの色と角度でおおよそ午前十一時から正午のあいだだろうと見当をつける。まだ寝ぼけているあたしはその陽の光がカーテンを壁から浮かせているのだろうと信じて疑わない。後からノートパソコンを開き時刻を確認して、それが予測した時間よりも遅ければあたしは自分が長くベッドに居すぎたと思うだろうし、予測した時間よりも早ければベッドから抜け出るのが早かったと飲み下す。
 でもそれもベッドから抜け出てコーヒーを淹れたあとの話だ。特に予定がないと分かっている日に、起きてすぐに時刻を確認する必要はない。あたしは特に予定がなかったかどうか思い出そうとする。その時点ではまだベッドで半身を起こしたままだ。起きてからまだ三分も経っていない。
 トレーナーが脱ぎ捨てられた格好のまま床に突っ伏している。普段は裏返しに着ているグレーのトレーナーだ。粗い斜線で見た目の色が表現されそうなグレーの表面が所々で折れ曲がり、少し崩れた砂の城を思わせるシルエットで床から立ち上がっている。昨晩というかその日の未明に散歩していたことを思い出す。そこに焦点を合わせる。
 そのトレーナーが腰回りの裾があたしの腰の高さまで持ち上がり、上半身だけ着衣した薄っぺらい透明人間が、広げた両手を床についてストレッチをする。襟首が内側へと巻き込まれ始め、肩口から胸元そして腹、両腕、手首の裾がその後に続く。裏返ったトレーナーが丁度あたしの肩の高さで空中にぶら下がる。それが水平に回転する途中で夕立が刺繍された襟元のタグが見える。それだけ見せてからそれは裏返しのまま再び地面に崩れ落ちる。あたしが上着の類、袖を通すものを脱ぐときには例外も完膚もなくそれらは裏返しになる。そして幻影が終わり現実のトレーナーが今目の前で裏返しになって地面に落ちているということはあたしはそれを昨晩着ていなかったのだ。洗濯したあとにベランダで干し取り込んだあと、焦げ茶色の衣装棚にしまう前に落としてしまったのだろう。
 昨日の散歩に着て行ったスタジャンはあたしの下半身に絡まる毛布に埋もれている。両脚を毛布のしたで伸ばしてそれを皺のついたジャンパーを引き出す。それをベッドの脇に置いて、立ち上がり珈琲を淹れる。
 でもそれもシャワーを浴び、睫毛を拭ってからの話だ。
 トレーナーを着て散歩から戻ったばかりみたいな振りをしながらノートパソコンのスペースキーを叩いて電気を通す。
 スクリーンの右上の時計によれば十時少し過ぎ。
 すると無糖の珈琲が少し甘く感じられる。

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