nobody hurts

November 2, 2011

20111102 - a song - 16

 繁華街まで辿り着き始発を待つ。何駅か巡るうちに、だいたいそのようなペースを見つけた。
 駅ビルのシャッターを脇に通り過ぎて切符だけ買ってホームで延々と始発を待つ時間、そこに焦点を合わせて散歩を続けた。あたしが自分に対して設定したそのような目まぐるしさの程度と、自動販売機の前を通りかかるベースが重なり、あたしは何故か目を覚ましていた。缶珈琲を消費しながらその晩がどれだけ遠いのかを測ろうとした。それを言い表すための言葉を探そうとした。まだ自分が理解していないことを正確に言い表すための言葉を先にあたしは探そうとしていた。
 どこの店にも立ち寄らなかった。途中のコンビニでそれぞれ一本ビールを買っただけだ。あとは脇道をかわし近道をかわし、ただ愚直に歩き続けた。その晩に起こっている騒ぎの全てを見逃すことをいつも惜しいと思う。それから我に返る。解けている靴紐を結び直す。何度か転びそうになり、壁に手をつき、手の平がブロック塀の石の粗い粒子に触れる。その感触をこの街のものだと同定する。アスファルトにまでその感覚を伸ばす。そのようにして路面の様子を掴む。足下はだいぶおろそかになる。
 その晩はあたしと樫は歩くことによってこの街を描写する方法を得た。足の裏をいつも場所の名前がノックしていた。だいたいの時はそのことさえ殆ど意識されなかった。場所の名前と記憶があまり上手に結びつかない。どこも似たようなもんなのだと思う。だからあたしたちが歩いていたその晩も結局はどこも似たようなもんだったのだと思う。あたしたちは目の前の風景を更新し続けた。時速四キロメートルでのろのろと地表すれすれを滑空した。そのあいだに何度か足をつき、肢体のバランスを整え、その次もまた一歩と呼んだ。
 疲れている時には睫毛の活動は活発になりがちだ。幻影のソフトドリンクの自動販売機が配置され、その取りそろえも充分妥当なものと思える。まるであたしが何を買いたいか知っているかのように。あたしはまだ自分が何を買いたいか知らないのに。街の一角がまるごと消え失せてそこにはない横道の幻影が見えるということも希にだがある。そこに実際にある街の寝姿がちゃんと見えて、それが幻影であることが分かる。
 そこにない駅が見えてそこにない線路が敷かれて、そこにない乗客を乗せたそこにない電車がまだそこにない場所とここを同時に目指して走っていく。
 あたしが翻訳を任された原稿にはそこにはない単語があたしの幻影として平然と浮かんでいる。
 午前三時半にはあと一駅分も歩けば繁華街に辿り着くというところまで来ていた。特に何をするというあてもなかったが、駅近くの終夜営業のカフェにでも入ってアイスコーヒーでも頼もうかと思っていた。だがそこに辿りつくための最後の直線を歩き始めたあたりからビールの割合が珈琲よりも多くなり始める。

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