nobody hurts

November 7, 2011

20111108 - a song - 22

 “So tired from the sleepless nights off the city”。
 カーソルの点滅を見ながら思う。
 あたしの心情的にはその空白が”off”で埋まっており、「街から取り外された眠られぬ夜に困憊して」という文面になっている方がよかった。
 というのは、身の回りですでに実現されて自分の理解が及ぶものに関しては、既に自分が取りこぼしたもので、その意味でそれらは既に失われてしまっているものだからだ。あたしのこの考えも含めて。
 そんな漠然とした疲れの方が良かった。
 まあ。
 繰り返すがそのような漠然とした状態であたしは疲れていたかった。
 街から取り外された夜のなかにいたかった。
 だがあたしの睫毛が見せる幻影により虫食いの英文が完成して、そこに"so tired from the sleepless nights (of) the city"という文面が浮かぶ。
 もしあたしがその気ならば文字の消し痕を先の丸まった鉛筆でなぞりその下に何が書かれていたのかを自ら明かすべきだろう。下のインクごとそぎ取らないように修正液を剝がすべきだろう。
 それでも睫毛がそこに見せる単語により完成する文章の意味と、そこに別の単語を入れた時に成り立つ文章の意味の違いを楽しむのも乙だった。
 その対比は現実に対して異なった解釈を与える。
 正確に言えば、現実の樫の絵と、あたしが夢で見た樫の絵に対して。言うまでもなくと言うまでもなく、そのどちらも現実だ。
 樫の描いている絵がどこか違った地平から見た夜空だということは分かっているが、先程見た夢の中ではそれは街の灯りだと諭されあたしもそう信じた。夢のなかあたしはその夜空を夜景だと捉えた。
 「街から取り外された眠られぬ夜」ならばそれは別の星の地表を成す荒野での眠れぬ夜、という意味に取れる。そこで寝転んだらあの星空が見える。
 「街の眠られぬ夜」ならばどこかの街、ひょっとしたらこの街の眠られぬ夜そのものの景色、という意味に取れる。空から見たならばこの街の夜景はどこか違う地平の夜空と同じように見えるのかも知れない。”nights”と複数形だから幾重にもぶれて見えているのかも知れない。
 午後四時半に珈琲を飲みながら考える。そして仕事の続きに取りかかる。
 この後であたしはもう一度夜の街を歩くことになる。だから一仕事終えた後、午後十一時から日付が変わるまであたしは午睡をとることになる。きっとそれから終電に乗り込むのだろう。それは昨晩の映画館であたしの睫毛があたしに教えてくれたことだ。
 「昼寝から目を覚ましたら」
 と女優の台詞をなぞる字幕が言う。
 「散歩に出るわ」
 とあたしの睫毛が字幕をそのまま借りて予言する。昨晩のあたしはそれを信じることにした。その後に出歩く前には昼寝をする暇なんてなかったし、今は一晩中歩いた疲れが残っているので後で小一時間ほど仮眠をとるのは難しくないだろう。

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