nobody hurts

October 7, 2010

20101007 (b)

中身のない外側と内側。



通信が、通信機が、指先から離れ脳を下ってそのまま肌に触れるような通信が、風を利用した通信が風上に立って風が彼女の髪の毛を撫ぜているのをみているような通信が、髪の毛である通信が、さらさらと流れる通信が、無線機であると同時に無線でもあるような体が暗号を解読している。


朝食が、小銭が、豆が、卵が、豚肉が、珈琲が、眠っている体が、眠っている体のなかで辛うじて目を覚ましている意識が、もしきは意識の思い出のようなものが処理している現在進行形の現実が、現在進行形の思い出が、益体のない考えが、未来進行形の過去が今日を始めている。


知性が、知性を同定している想像力が、つまり何もない場所に引かれた一本の直線が、場所さえも必要としない一本の直線が、始まりも果ても存在しない一本の直線が、その直線により分かたれた内側と外側が、つまり中身のない内側と外側が、外郭だけある中身が無と無を繋ぐ線を引いている。

20101007 (c)

人称として割り切ることのできない「わたし」。



通りの名前や、今はまだ名前だけ存在する通りや、現在だけを変わらず現在だけを決定している未来や、今はまだ名前だけしかないその通りを昔から当たり前のようの行き来している人々や、名前だけしかない道を行き来して結局その名前とは何もかもが違う道をともかく切り拓く少年。


少年の名前や、少女の名前や、彼や、彼女や、あなたや、あなたがあなた以外の者として知るあなたや、あなたがきっとわたし以外の者として知るわたしや、この文章を書いている者ではないわたしや、人称を破棄した者としてあるわたしや、人称として割り切ることのできないわたし。


電子音と雨だれや、電子楽器に雨が降っている音や、空を見上げる人々や、ぬかるんだ足下や、電子音みたく聞こえる雨だれや、雨として降る蒸発した皮膚が形作る肉体や、内側の肉体が蒸発してその上に形成される皮膚や、皮膚から立ち昇る湯気や、熱気と寒気を足して正気で割ったもの。

October 6, 2010

20101006 (a)

雨に宿る。



芯で描いている線と、線を形作る筋肉や血管や目に見えない信号を伝える目にも見えないし決して存在もしない様々な線と、体の中を降る雨と、そこにある体の分を空から降下する経験をしている雨と、もしくはそこにない雨の分を暮らしている体。雨を避けるのではなく雨に宿る。


昼間に集まった夜たちと、不健康で無軌道な昼の夜と、眠り込んだまま夢遊病患者のようにふらついている昼の夜と、寝過ごしたまま待ち合わせ場所に姿を現わしもしない昼の夜と、そのまま夜になるまでその場でくだを巻く昼の夜たち。もしくは取り合えず帰って寝る昼の夜たち。


速度と音楽と、雨の砕ける音を聴いて雲の形を思い浮かべている食卓と、もしくは食卓に用いられている木材を育てた雨の総量と総体と一滴一滴の個体を弾き出している屋根裏部屋や、屋根裏部屋から降る雨を集めて育った一軒家。

20101006 (b)

体内に閉じ込められた外界。



状況の舞踏が、もしくは混同の舞踏が、ありとあらゆる舞踏を追いかけた後に手足の新しい伸長を獲得するための舞踏が、もしくは手と足とそれらをつなぐものをもう一度新たに定義し直すための舞踏が、つまり手と足によって引き直された体の線がひとがたの何かを踊っている。


秋に舞っている夏の点により自在に引かれた春の線が、その線によって閉じられた面が、それらの面が集まって閉じる立体が、その立体の閉じ方を指示している秋の点の舞いが、その点がその上で踊っている線や面や立体が探しているその一点が冬支度を始めている。


遠くに感じられる疲れを踊っている体が、体内に閉じ込められた体が、体内に閉じ込められた衣服が、体内に閉じ込められた外界が、手元の外界の手元で書かれているこれらの文字が、外界で握られている筆が、ある意味では外界である脳内が外側の内側や内側の外側を引き直そうとしている。

20101006 (c)

言葉や言花。



声や人通りや夜の明るさや、昼の鏡に映った夜や、夜の鏡に映った昼や、夜の鏡に映った昼の鏡に映った夜の中で眠れずにいる事や、その一つ手前の夜の鏡に映った昼の中で居眠りをしている事や、鏡の外の夜で実際に寝ないでここにいる事。もしくは単に眠っているのかも知れない事。


曲名や歌詞や、史実や、虚構のうえに築かれた正史が、その正史の中で実際に出会い傷付け合う他者同士や、誰かと誰かが出会わない事の軽さや、誰かと出会った事にも気付いていない誰かや、誰かであることに気付いた誰かや、つまり自分自身に辿り付き今度は自分自身に追われる誰か。


花の名前や、匂いの地図や、携帯の機種や、写真や、焼き付けた印象を景色から切り抜いた写像の地図や、その手前にある全体や、言葉や、匂いをじっと見つめている言葉や、花の名前みたいな言葉や、花言葉があるように言葉に言葉があるような言葉や、言葉や言花。

October 5, 2010

20101005 (a)

媒体としての感情。



季節と画面と表紙と鞄と光学と、省略された省略と、完全な省略から逃れてここにある或る省略と、もしくは省略の様式と、展開が圧縮であるような省略と、または圧縮が展開であるような省略と、もしくは省略された圧縮を展開して生じたような省略。


媒体を媒体として用いる作法を予め知っている子供たちと、もしくはそれを学びながら実践している過程と、人格という媒体と、媒体としての感情と、徹底的に醒めたものとして保存している熱量と、その熱量を醒めたものとして保存するために必要とされる熱量から生じる熱量。


ちまたに浪漫と呼ばれる媒体としての感情と、感情を物質として取り扱うための作法と、そのようにして感情を消費され得ぬものとして確認し保存するための表現と、共有の諦めと、何かを共有しているという淡い希望を共有しているという媒体。

20101005 (b)

想像力であると想像されているだけのものかもしれないもの。



境界線であったものが、境界線を道具として用いるものが、境界ではなく当たり前のように越境として働く身体が、この現在において過去か未来から亡命してここにある肉体が、そのように収斂された予感の可能性として分散し続ける存在がある二つの要素をある二つの要素としてみなす。


濃縮された限界が、また限界を濃縮することの限界が、限界まで濃縮された限界をまたぐものが、つまり限界を濃縮することにより常に限界を踏み越え続ける限界が、常態としての限界がとかぬるいことを言っている暇があるうちはまだ何かは可能なのだと確信しました。


文化ではなく態度が、その媒体としての文化が、熱量を物質として保存する時に生じる熱量によってのみ勝手に伝わる熱量が、そこから喚起される想像力が、それとも未だ僕が想像力であると想像しているだけのものかもしれないものが踏み越えるべき一線を自らの背後に引いている。

20101005 (c)

終わりに新しい名前をつけることにより始まりがずっと続く。



踏切や、ずっと電車を待っている人影や、まず始めにあった荒野や、その人影がどこかから集めてきた石材や、その人影が自分で遥かから此方まで敷き詰めた線路や、その人影が書いた時刻表や、その人影がそのように自ら築き上げた一つの駅や、その駅に電車がやって来るのを待つ人影。


溜息に吹き消された溜息や、新たな息を吸い込むために必要とされていた溜息や、木々がついた溜息のような秋風や、秋風や溜息に回る風車や、風車の回転を動力に走り始めようとしている一両の列車や、列車が必要としている乗客や線路や、もしくは乗客という概念を知らないその列車。


自ら築き上げた駅にやってくる列車を待っている人影や、どこかで走り始めている列車と同じく乗客という概念を知らないまま列車を待つその人影や、乗客という概念や、始まりという概念のない終わりや、終わりに新しい名前をつけることにより始まりがずっと続いていく日々。

October 4, 2010

20101004 (a)

光景である何かをまず初めに始めた瞳。



風速と、時速と、右手と、硬貨と、銅貨と、財布と、携帯と、帽子と、秋物と、新作と、古着と、紙巻と、電車と、電線と、展示と、約束と、新宿と、書店と、階層と、連結と、流速と、雑踏と、街灯と、演奏と、外壁と、拍手と、逍遥と、帰路ではなく旅路。


呼び声の秋と、液体の空と、気体の酒と、固体の心と、鍵と鍵穴と、柑橘系の瓶と、瓶から蓋をもぎ取って瓶を囁き声で満たそうとしている舌と、舌先と、気がつけば耳から鳴っていた音と、誰もいない無人の劇場に迷い込んだ人影と、誰もいない無人の劇場を今でも彷徨っているその人影。


缶と、とある伝説の街角と、もしくはとある伝説の街角候補と、前触れと、光景である何かをまず始めに始めた瞳と、未だ光景である何かを掴み切っていない記憶と、自分と視界のあいだにある距離を押し出し続ける歩幅と、石の森と、石の森を伝い濡らす雨。

20101004 (b)

過ぎたいつかの時間のなかで居眠りをする。



辞書が、過ぎたいつかの時間のなかで居眠りをしている目の前の学生が、揺れている首が、時間に対して頷いているように見えるその顎が、何かの難しい公式を暗誦している唇が、その公式のなかで語られているまた別の物語が、その物語がこの物語について語っているのが分かる。


数式や幾何に言葉を代入して彼や彼女を弾き出すような物語が、前のめりの感傷が、前にのめってみて初めて感傷であると思える速度をその手前でとどめて未来へののびしろを確保しようとは絶対にしない語り口が、下らない冗談が、本文が、余白が、一人称が今でも未来に向けて伸びる。


特に検討し直す必要もなかった日程が、特に作戦を必要としなかった作戦が、合図なのか決行そのものなのか分からない本当に数多くの片目の瞬きが、誤訳の結果真実となったものが、一冊の辞書である本が、事象である本が、自称するところの本が書かれたことを知っている。

20101004 (c)

鳴っていないことを楽しむ音楽。



石や形や滝の空に触れようとして既にそれを超えている格好ばかりつけた後ろ姿や、今までに通り過ぎてきた余りにも沢山の後ろ姿や、目で楽しむ音楽や、肌で楽しむ音楽や、形そのもので楽しむ音楽や、音楽であることにより音楽を最大限に楽しむ音楽や、鳴っていないことを楽しむ音楽。


波や、銀幕や、銀幕の波や、うねりや、純粋なうねりや、そのうねりのなかで変化する遠近法のなかでうねる消失点から現れる消失する点や、その点を視野に入れて路地に沿って並べられた椅子や食卓や、楽しく語らいながら飲み食いする人々や、遠くの海や、遠くの波や、遠くの予感。


月日のように流れている時間や、唇のように開閉している昼夜から零れている予感の名残りや、予見や、予見の常に一歩先を歩き続けるための予見や、何かが分かった時に灯る静かな電球のその光りで楽しむ影絵や、例えばその影絵の一環であるそことここに同時にあるこれらやそれらの音。

October 3, 2010

20101003 (a)

瞬間よりも狂いのない。



反復する声に重なる管楽器と、秋と雪と、春と修羅と、ある曲の終わりから始まる瞬間と、ある曲の終わりから続いている瞬間と、あの曲とあの曲の終わりから続いてきた瞬間と、まだずっと始まっていない曲の終わりからずっと続いているこの時間。


踊りの直接的な解釈と、解釈と背中合わせの背中と、自分の背中と背中合わせの背中と、瞬間に拘束された瞬間と、瞬間を解体するための瞬間よりも狂いのない何かと、その次にくるであろう瞬間よりも狂いのない何かよりも狂いのない何か。


そのようにして探し出される瞬間よりも狂いのない瞬間よりも狂いのない何かと、瞬間よりも狂いのない何かよりも狂いのない何かが抗いようもなく含んでいるような誤差と、そのわずかな誤差のなかで育つ正確さと、正確であることの例外的な規則、または事故。

20101003 (b)

あるようでないかのようにない。



運動が、群青が、びしょ濡れに青い雲が、珍しく雨を含んでいないびしょ濡れに青い雲が、びしょ濡れに青い飛行機雲が、びしょ濡れに青い飛行機が、びしょ濡れに青い乗客が、びしょ濡れに青い空港や港が、びしょ濡れに青い旅券が、びしょ濡れに青い服が血液を含んで重い。


秋が、浸透する色が、もしくは色に浸透するものが、夜が、本来の形質である夜が、一夜ずつ降り積もって何千年も積み重なった明け方の冗長な空気が、明け方の白け切った空気が、散り散りになった前後が、翼みたくある左右がはばたく中心があるようでないかのようにない。


世界で一番小さい秋が、松の木が、松の木ではなく松の木の匂いを含んだ襟首が、襟首に手を回す抱擁が、その匂いを小さく包み込むものが、その匂いを小さく包み込む玄関口が、蛇口から水滴の垂れる音が、便所で水が流れている音が、どこかで何かが燃えている音がするけどそれはずっと見つかっていない。

20101003 (c)

新月の名残り。



目眩や、空腹や、個人的なあれこれや、柑橘類の果汁や、半月の名残りや、新月の名残りや、今からすでに名残りだと感じているものの名残りや、どこまでを瞬間と呼ぶか決めかねている数々の瞬間や、そのようにして保存されたもののように生成される数々の瞬間とひとつの時計。


何もかもや、よりすぐりの何もかもや、洗濯ばさみに挟まれた何もかもや、冷蔵庫のなかにある何もかもや、洋服棚のなかの何もかもや、何もかもに含まれていない何もかもや、例えば自分がそのなかに含まれていないというような何もかもや、過去の何もかもや、まだないものの何もかも。


汗を乾かす風や、風に乾いた日差しが乾いた夜道や、昼夜逆転している夜道や、歩幅を手洗いしているような夜道や、光りをまとったほこりが舞っている夜道や、昼の夜道を進む秋や、昼をひとつだけ多く含む永遠や、夜をひとつだけ多く含む永遠や、反復を予期させる奇妙な永続感。

October 2, 2010

20101002 (a)

ひとのかたちをしたうごき。



群衆と靴音と、目を閉じた際の音響に匿われている夜景と、一枚の硝子のような夜景と、もしくは無数の硝子のような夜景と、幾つもの光景を同時に見ている一つの視線と、ひとつひとつの光景のなかで別々の人称を持っているその視線と、ひとつの視線と複数の人称を共有している雨。


紙切れと電光掲示板と、駅前の巨大な水たまりと、駅前の巨大な水たまりに映る曇り空と、曇り空の下で駅前の巨大な水たまりにの中でだけ降っている雨と、水中の雨と、都会の雨と、雨の都会と、風雨と、風が降っている水たまりと、光景が結晶したように見える水たまり。


ひとのかたちをした動きと、獣の皮膚のその表面の様子を踊りの様式で追いかけているひとのかたちをした動きと、雨が降るさまを布団のうえで追いかけているひとの形をした緩慢な動きと、映像や消滅に逆らいながら人間の動きを街中で追いかけているひとのかたちをした動き。

20101002 (b)

静止軌道を自由落下する銃弾。



誰かに見られているという感覚が、誰かに見られている自分を視る訓練が、誰かに見られている自分を見ている誰かを見ている誰かが、秘密が、もしくは秘密ではないものが、謎が、それか答えが、客観性だけを透す窓硝子の向こう側の自分の姿が自分を見ている。


情報が、十月が、真っ逆さまに落ちていく空が、一粒の雨が、空気と光りに埋もれた秘密の通路が、言葉として収束する物理が、工学が、光学が、望遠と広角が、望楼と方角が、蟻が、土が、草が、肥沃な土壌の不毛な歳月が、不毛な土壌の肥沃な歳月が忘れたものをかわりに覚えてる。


座ったまま踊っている体が、もしくは踊ったまま踊っている体が、踊っている体を追いかける火の粉が、走査された赤い点が、火の粉の形をした雨粒が、もしくは筆先の形をした雨粒が、眼球の形をした雨粒が、大気圏の形をした雨粒の静止軌道をあの銃弾が自由落下している。

20101002 (c)

掠れた声の掠れた感じ。



ひとのかたちをした動きにより吹き消された壁の影や、始終ありとあらゆる影を吹き消し続けるひとの形をした動きや、あらゆる影の形を整えているひとのかたちをした動きや、ありとあらゆる影の形を整えると同時にそれを吹き消し続けるひとのかたちをした動き。


掠れた声の掠れた感じや、遠い車道や、電線や、窓枠や、開いた扉の開いた感じや、階段や、蛍光灯や、廊下や、消えた蝋燭の消えた感じや、消えてしまった蝋燭のひょっとしたら消えてしまったのかもしれない感じや、もしくはまだそれが灯ってもいないのかも知れない感じ。


うつろを満たしている体温や、うつろを満たしている体温を身にまとってありとあらゆる影を吹き消しているひとのかたちをした動きや、影を吹き消そうとしてみずからを掻き消してしまう境界線上にある体温や、いわばみずからを吹き消そうとする息の力で再び膨れるうつろ。

October 1, 2010

20101001 (a)

ずっとそう。



装いと警備隊と重火器と秋とちりと、軍手と襟巻きと思い思いの音楽と、大騒ぎのなかで繋いでいる手と手と、手の汗と、軍手に吸収される手の汗と、汗と汗が絡まって生み出される新しい液体が滴る地面の鋪装の乾いた艶と、足下から湧き上がる不思議な力と、聞こえる範囲の叫び声。


叫び声の半径と、夜が破壊されて道端によこたわっている白日と、日々の緩慢な騒ぎの行く先と、包囲や解放と、要求や譲歩と、隊列に意味を見出すのではなく幾枝にも分岐したその始点たちと、つまりは逆算された帰り道と、逆算された帰り道から逆算している明日の方角、ずっとそう。


肌に満たされて酸素の薄くなった街路と、同じく肌に満たされて酸素が濃くなった回路と、汗で駆動する機関と、手汗で駆動する機関と、意味もなく生き延びていることの静かな感傷と、意味もなく生き延びていることのことの感傷的ではない静けさと、ふと我に返させられる空砲の響き。

20101001 (b)

情報が情報であった日のように。



九十年代が、情報の扱い方が、常に未来を参照させた情報が、その意味では常に未来からこちらの行動を縛っているようだった情報が、情報で踊るような音楽のような時代が、あの時に既に分散したものとしてあった現場が、生活が、まぶたが感光し続けて白いからまだ書けるが影に注意。


情報が情報であった頃が、消滅を透かして眺める人通りが、つまり消滅を書き留める事により生じる阻害が、その阻害によって生じる意味の透過作用が、伝達が、誤訳が、もしくは試訳が、何もない空っぽの体が、そこを通り過ぎていく明澄な光りや音が答案に名前だけ書いて提出する。


危ない道が、知らない道が、小説のなかに書かれている道が、小節のなかに連ねられている道が、道であると主張された足跡のただひとつが、弦のうえの道が、溝の上の道が、打鍵音の上の道が、文字の一画一画の線を辿る道が、喉を通る道が、それから血管を通る道が一時的に道を通る。

20101001 (c)

平行線と無線。



飛行機や、整理された飛行機や、上空を通り過ぎる足下や、幻のような瞬間や、飛行機や、幻から幻にむけて飛んだ飛行機や、爆発や、火災や、壊滅した街路に接続された壊滅した街路や、上空を通り過ぎていく手元や、上空を通り過ぎて行った目元や口許。


街から街や、港から港や、扉から扉や、終止符と終止符のあいだや、次の終止符とその次の終止符のあいだや、上体を倒して膝で受け止めている手のひらや、手のひらから滲む体重や、その重さを軽さに変える装置の重さや、暗い野外の野球場や得点板や、ひとけのない放送席。


箱に入った朝食の形で牛乳と一緒に飲み干した装置や、日のあたる日陰でくつろいでいる気温の上下や、全音符や、横隔膜から気道そして声帯を通して美しい曲線を獲得した歌声や、美しい曲線を描く美しい直線や、平行線どうしをせめて傾けてみる無線。

September 30, 2010

20100930 (a)

一枚の窓硝子により絶えず裏返り続けている無数の部屋。



硝子の椀ですくい出した雨水と、雨水で体を流している足音と、足音の背中に光る雨の粒もしくは足音の背中で雨をしている光りに見とれている靴紐と、時間を流れていく空の青と、空の青を流れていく一枚の窓硝子と、一枚の窓硝子により絶えず裏返り続けている無数の部屋。


港町と、人声と、人の形の声と、人の形をした声を追い掛ける叫びや呟きと、体の内側のかたちの目の前と、体の外側のかたちの誰かの目の前と、目の形をしている体と、口のなかで転がしている目玉と、口の中で転がしている光りと、一滴の雨粒が落ちてくるのをじっと見上げて待つ靴紐。


端子と、接続と、通信と、声と、受話器と、耳と、鼻歌と、可聴域の物語と、曲線みたいになっている音楽と、もしくは直線を曲線のようにおいかける力を持った目と、その目を追いかけ続ける精神力を備えた目の観測者と、もしくは視界そのものである観測者と、背筋を伸ばす外の人。

20100930 (b)

規則性が全く見られない反復。



乾いた乾きが、湿った空が、銀色の太陽が、斜めになった氷菓の看板が、風に揺れているように見える瓶の中味が、秋を満たしている気化した夏が、夏の原液が、つまりは春をさらに希釈したものが、齢として染み渡る温度の変化が、規則性が全く見られない反復が透き通って涼んでいる。


風のなかで踊っているものが、もしくは風を踊らせているものとも言えるものが、もしくは風を踊っているのかもしれないものが、もしくは単に風とともに踊っているものが、風上と風下に分かれた体が、風速を宿らせている体が、風速である体が茶を冷まして飲んでいる。


皿の白が、機械の黒が、電気の色が、めくられる頁が踊っている踊りが、つまりは文字や意匠などのうねりが、些細な仔細が、経験として等価でありうるものが、もしくは単に単位を持たないものが、尺度や重心を持たないものが、おそらく数を持たないものが溢れ返っている。

20100930 (c)

色や形やそのもの。



欠損や、形質や、手の羽ばたきや、今ではもう使われなくなった骨や、これから必要になるであろう筋肉や、あるひとつを見てそこに規則性を見出す奥行きや、波紋ではなく滴を見つめ続ける粘りや、それか波紋ではなく水面を見つめ続ける目や、波ではなく海。


簡潔な様式に帰結するようにも思われる複雑な系や、表面で入り混じる色や形やそのものや、動機が失われた後もひたすら目的を燃やして走り続ける自動車状の比喩や、目的が失われた後も動機を頼りに走り続ける比喩状の自動車や、どちらかがどちらかを回復しようという希望ではなく試み。


音色や、背景や、下敷きや、上澄みや、秒針や、みずからの立てる音に対していつからかぴったり一秒遅れている秒針や、とっさには分からなくなる空の方向や、空や、地表や、交換や、実はずっと長いあいだ取り返しようもなく一日遅れ続けている暦や、そのなかで一日前倒しの本日。

September 29, 2010

20100929 (a)

足音。



写真と、写真のなかの景色と、景色から切り抜かれた写真と、映像の記憶に被さる音像の記憶と、例えば写真から聞こえてくる音と、もしくは写真が最後まで黙っていることに決めている秘密と、もしくは写真に対して黙っていることと、写真のかわりにじゃないけどと喋り始めている足音。


積み重ねられた荷物と、もしくは裸でも運んでいる荷物と、時に荷物みたいに微笑むその表情と、時に荷物みたいに頭に乗っている髪型と、荷物によって荷物のためにではなく鍛え抜かれてきた体と、その体を通して鍛えられてきた頭と、より柔軟な知恵を体に期待している頭。


より柔軟な知恵と、空気で出来た荷物鞄と、空気をまとう訓練と、空気をまとっているかのように踊る訓練と、もしくはまとわれた空気のように踊る訓練と、空気との緊張を求める呼吸と、空気との和解を先延ばしにする呼吸と、薄く濃く澄ました体内の空気を重力と協調させている足音。

20100929 (b)

静止した瞬間についての流れるような描写。



一滴みたいな夜の空が、地上の夜と対比した場合の上空の夜が、または地上の夏と対比した場合の上空の夏が、夏の埃を核にして形成された雨粒が、雨粒の拡大鏡を外した夏が、もしくは実寸大の拡大鏡が、実寸大の拡大鏡に匿われていた靴紐が深呼吸をする。


上空の夏が、空の浮島が、静止した瞬間についての流れるような描写が、その意味では何一つ静止していないとも言える静止した瞬間が、もしくは一つのもしくは幾つもの連続した流れを一つの静止として見出す集中力が、もしくは散漫さが静止の濁流に飲み込まれて息も出来ない。


現在が、静止の色合いが、動いてないのに流れている色合いが、それ自身に対する描写として震えている色合いが、言葉になる前の音が、音として成立するかしないかの微細な振動が、つややかげりとしてある静止がそれ自身の緊張を和らげるためか全てを一斉に話してしまおうとしている。

20100929 (c)

小文字の大文字。



大文字の小文字や、大文字の小文字と綴る小文字や、大文字の小文字と綴る小文字を鍵括弧にいれる左右合わせて四本の指や、大文字の歴史や、大文字の瞬間や、小文字の瞬間や、心や体を大文字で語るという行き違いや、大文字の大文字や、小文字の小文字や、小文字の大文字。


現象や、体力や、心しずかな驚きや、皮膚や、指の皺や、爪の甘皮や、指紋や、打鍵音や、血管が破裂する音や、血管が繋がっている音や、血管のなかを血管が流れているような感覚や、その血管を手にとって眺めているような仔細や、血管の温かさや、血管の細さや、決壊した血管。


純粋な驚きや、震えの温かさや、目に見えているものの温度や、もしくは耳で聴いているものの温度や、雨の温度や、机の木材の温度や、雨が机の木材を打つ音の温度や、指先が鍵盤を叩く音の温度や、血管により温められた指先や、その指先を通して間接的に温まった部屋。

September 28, 2010

20100928 (a)

常に記憶のそとにある足音。



雨水で満ちた海と、雨水の海に雪が降る日の航海と、雨水の海に雪が降っている絵葉書と、雨水の海に雪が降る絵葉書を送る習慣と、雨水の海に雪が降っている絵葉書の印刷所と、競合会社に複製される絵葉書の心象と、複製版では決して海を満たしていなかった雨水。


複製された心象のなかで生まれ育ちそれを再編集することを学ぶ靴紐と、その途中で見つかる編集された心象やその複製やその元本や、複製されたものの元本として導き出される靴紐と、複製と編集の作法を精製して作られたものさしと、そのものさしの上に並ぶこれらの文章。


ご多分に漏れず複雑に積み重ねられた平坦な戦場と、その異様な密度と、その密度こそが真の戦場であるというような平坦な戦場と、観測と実戦のあわさる場所でいつも記憶の一歩先を歩いている誰かと、そのようにして常に記憶のそとにある足音。

20100928 (b)

思い出が導き出される手作りの回路。



切り抜けたとされるある時代が、本当に切り抜けたと感じる幾つかの時代が、頁の中の記録が、本当には一つも切り抜けたようには感じられない時代とやらが、もしくはそのような時代とやらを切り抜けようとするうずきだけがずっと目の前にあるしそれとはもう関係がないという気持ちがある。


本当に何故だか常套句に飽きることのない精神が、それ自身に飽きることを知らない記憶が、思い出が導き出される手作りの回路が、柔らかく輪郭のはっきりした肌が、境界線に挑んでいる肌が、連絡線である境界線が、また境界線の形状で連絡されるものが、次のその次を進む冒険が続く。


永続感と不在感が絡まって行き着く先のような場所が、のびしろの中で地団駄を踏んでいるような日々が、それぞれに前例がないというような反復が、どこからどこまでを反復と考えるかで変わる全体図が、どこからどこまでを全体と考えるかによって変わる反復の様相が瓶を箸で鳴らす。

20100928 (c)

動かないまま流れている色合い。



映像化された視覚や、そのなかで人称の変わり続ける行為や、それを逐一記録し続ける書記や、作戦本部や、かつ現場や、かつ眼前や、かつ黙認や、かつ目前や、かつ自前や、かつ手前や、かつ後手や、長考のなかで短期記憶を駆使している眼前の踊り手や、動かないまま流れている色合い。


言葉のなかで踊っている靴紐や、音のなかで踊っている足音や、足音を踊っている足音や、いつも足音の踊っている背中に見とれている靴紐の冒険や、冒険にまつわる冒険や、夜に自分の部屋で眠っているという冒険や、どこかで読んだ冒険から逆算したものではない冒険。


冒険を逆算し続けている文字や音のなかの冒険や、常に対面する過去や過去の参照するものや、過去や現在を未来に対して参照させる文脈ではないあざとさや作意や、その必ず次の頁に掲載予定の当日の現地解散の模様や、解散が目的の集会や、しみったれた話しではないと言い張るお話。

September 27, 2010

20100927 (a)

雨を挽いていた足音の睫毛。



雨でできた海を漂っていた客船と、その看板で新聞を読んでいた靴紐と足音と、珈琲から上る湯気に導き出された視線の先の雲と、その雲によって繋がれた雨の水槽の部屋と、降ることによって形が分かれた雨と、雨水で満たされた海と、もしくは雲一つない雨水の空。


街区と、番号と、酒場と、酒場の奥の鍵盤と、誰もいない夜には雨だれが鍵盤を叩く音で満たされる店内と、店内を満たす内装の木の匂いと、その木と同じ木材でできた店主の算盤と、その木と同じ木材でできた盤と駒と、もしくは盤と駒ではないのに勝手に盤と駒であるとされたもの。


雨で割った酒を飲んでいた靴紐と足音と、二人が酔い覚ましに飲んだ雨水で淹れた珈琲と、雨を挽いていた足音の睫毛と、朝の蒸気と、水滴と、鉄材と、工業と、賃貸と、駅の売店と、二番線か五番線か八番線と、鉄道と、暗いけど絢爛な構内と、無関係そうに静かでも喧しくもない車内。

20100927 (b)

何かを不可能なままそれを
可能にすることができると靴紐は確信している。



切り抜けたとされる六十年代が、切り抜けたとされる七十年代が、倉庫での夜が、倉庫の暗がりで座り込んでいた夜が、実際にはそこにはいなかった自分の写真を集める靴紐が、その写真から響く大音量のなかで目をつむる夜が余りに終わらないので目をあけるといつもの天井。


懐かしさの方へと向かう新しさが、新しさの方へと向かう懐かしさが、映像の記憶が、もしくは音像の記憶が、共有された戦場の鋳型が、ずらりと並んだ不可能の心象が、胸元に持ち運ぶことのできる不可能の心象が何かを不可能なままそれを可能にすることができると靴紐は確信している。


こんにちはという靴紐が、その時にさようならと言っている足音が、もしくは誰かの曲名が、参照に対するこんにちはが、過去に対するこんにちはが、過去を編集して目の前を掴む作法が、目の前を編集してそのさらに先を掴むときに生じる遅延が今ここにある。

20100927 (c)

日常を判定しているような日常。



肌と肉の境目や、布を透かした光線や、大体の距離や、目でつかんだ距離や、時間でつかんだ距離や、一日の距離や、一日の距離で取り返した明日か昨日や、失うまえに取り戻した明日や、明日を消費しながら一日を担保に入れ続けている迷路や、少なくとも提示はされている明日の速度。


映像と肉の境目や、映像と肉の境目を確かめるための踊りや、映像と肉のあいだでいつも踊られている踊りや、踊ることでしかその意味を説明することのできない境界線のうえでの踊りや、相互に対して挑みながら相互に対して永遠に無垢であるというような虚構を保持する映像と肉体。


句読点や、息継ぎや、記号と経験を結ぶ記号や、日常や、日常を判定しているような日常や、非日常の一環であるような日常や、撮影されたような一日や、撮影されたうなじの写真のような一日や、届かぬものに届くという映画として撮影されたような一日のような一日。

September 26, 2010

20100926 (a)

窓の外の当たり前の街道を漂っていく客船。



いつかは雨の水槽の部屋に漂着するであろう客船と、混乱のなかで避難が済んでいる船内と、もしくはその雨の部屋を格納して漂流を続けようとするかもしれないその船と、あるいはその船の外壁を通り抜けてそれを回避する雨の水槽と、窓のそとの当たり前の街を漂っていく客船。


いつかはその客船に乗っていたという記憶がある足音と、いつかはその船が出港するのを灯台から見送っていたことがある靴紐と、もしくはその客船の客室であったかも知れないその雨の水槽の部屋と、客船の乗務員がその部屋の扉を開けた時に流れ出すであろう大量の雨水。


恐らくはその雨水のせいで機関の故障に見回れた客船と、そして恐らくは単に避難し遅れただけの靴紐と足音と、ふたたび扉を閉ざしてその客船のことをすっかり忘れてしまうまで雨水のなかで生計を立てていた二人と、その部屋がいつか流れついた重なった建物に一週間か何度か降る雨。

20100926 (b)

声として再構築された雑音同士の会話が流れと呼ばれる。



消費された年月が、年月を測り直している年月が、回想と実況を並列して行う処理が、回想と実況と解説を並列して行う処理が、回想と実況と解説と言い訳を並列して行う処理が、回想と実況と解説と言い訳を顧みない年月の処理が回想と実況と解説と言い訳を順番にあやしている。


飛行機の音が、頭上を通り過ぎる音が、頭上の天井を挟んだ屋上の真上を通り過ぎていく音が、もしくは窓を擦りながら壁の灰色を味わっている突風が、その突風の余波をまとわせながら通りを過ぎていく話し声が、その話し声と対になるもう一つの話し声が同時に聞こえる。


もう一つの話し声に対して同時ではないある一つの話し声が、それまで空気を揺らしてきたどれかの声の振動の記憶と対となる話し声が、それまで空気を揺らしてきた雑音をかき集めて再構築した声と話している声が、もしくは声として再構築された雑音同士の会話が流れと呼ばれる。

20100926 (c)

重力の雨に濡れている肌。



そこにいる誰かや、そこにいない誰かや、その誰かがそこにいないだろうと考えていない誰かや、その二人のことを偶然にも同時に考えている二人や、そんな二人なんていやしないだろうとまた偶然にも同時に考えているまた別の二人や、誰かがそこにいるのにそこにいない誰か。


音楽みたいに感じる誰かや、その音楽に合わせて鼻歌を歌っているみたいに感じる誰かや、その音楽に合わせて踊っているみたいに感じる誰かや、その音楽を一人でもの言わずに聞いているみたいに感じる誰かや、その音楽に合わせる詞でいつも話しかけてくるみたいに感じる誰か。


骨格や筋肉や、姿勢の制御や、体の姿勢に対して水平を再定義している地面や、一定の向きの重力や、雨みたいに降っている重力や、体の姿勢によっては風のように吹き付ける重力や、木の枝のようにしなっている腱や、重力の風に膨らんでいる髪の毛や、重力の雨に濡れている肌。

September 25, 2010

20100925 (a)

程よい静止を見定めて張り詰めない皮膚。



服を通して皮膚に張り付く雨と、家具を通して部屋に張り付く雨の水槽と、窓から射し込む光りを通して壁紙に張り付く雑誌の切り抜きと、昨日から射し込む光りや闇がごたまぜになって目の前の記憶を通して瞬間ごとに体に張り付く歴史の最末端と、一日の毎日が一生を変えるような一日。


動かない皮膚と、できる限りゆっくりと動いている皮膚と、つまりは程よい静止を見定めて張り詰めない皮膚と、その皮膚を撫でるちらちらと揺れる光と、水槽の部屋の場面の背景音楽と、ここもまた雨に満たされていた舞台裏と、機材の電源から時折走る稲光と、現場で慌しい撮影班。


足音はそれまで自分が静止していた事を皆に伝えるかのような作法で静止を止めたのですと伝える雑誌の見出しと、その意味では足音はまだ静止しているとも言えますしそれは足音自身が自分がまだ静止していることを伝えるような作法で破られなければならない静止なのですと続く記事。

20100925 (b)

目に見えない透明。目に見える透明。



音のしない背後で降っていた雨が、港に停泊している船が、説明や描写を待っている船が、もしくは説明や描写を運送してきた船が、機関の唸り声が、十九時を過ぎて昨夜の活気を思い出す港街が、そこに降っている雨が、容赦のない雨が説明や描写を光りから吸い出して石畳で砕く。


何かが濡れている音が、濡れた石畳が砕けている見えない音が、目に見える透明が弾けて水滴に変わる音が、目に見えない透明の意味を預けられている目には見える透明が、透明を生み出す論理が靴紐と足音が舗道の上に生み出す影を外套のように被っているからそれは一目で透明と分かる。


一本ずつ並んでいる不均等な路地が、港に一番近い午前四時まで賑わっている路地が、それよりひとつ奥の午前三時にはだいたいの店が閉まる路地が、それよりさらにひとつ奥の午前二時には寝静まる路地が、そこからだいぶ下って明日の夜の宴をすでに終えている路地が旧市街には並ぶ。

20100925 (c)

時計の周りを回り続ける時計。



何も期待しない一月や、厚手を買い足す二月や、残る十ヶ月を考える三月や、零がついて桁が増えるような四月や、十月みたいな五月や、雨の六月や、濡れた服の七月や、裸の八月や、半乾きを着込む九月や、五月みたいな十月や、まとまりのない十一月や、一月を考えながら考えない十二月。


光景の要素や、そこではためいている黒い影や、その黒い影が生えているほとんど自然のもののように思われる灰色の壁や、そこに映し出されている心の景色や、さらに倍率を下げて窓の内側の半ば光りに浸された床に手を触れている屋外の影や、さらに倍率を下げて足下に映る心の景色。


あわただしい舞台裏や、衣装係の衣装や、まだ台詞を覚えていない俳優や、何かの指示や号令を出している助監督や、回り続ける時計や、時計の周りを回り続ける時計や、演出されまくっている演出家や、工作員の工作や、そろそろの開幕を知らせる合図や、まだ回り続ける時計。

September 24, 2010

20100924 (a)

靴紐と足音。



互いが互いにとって存在しないというような伝説の二人と、異国の田舎茶屋の軒先で涼みながら雨の水槽となった部屋を考えている二人と、雨水で淹れた珈琲と、ねえ今度はその珈琲のなかで溺れている私たち二人のことを考えてるんでしょうとそこにいない靴紐に対して呟いている足音。


二人が溺れている雨の水槽の窓のそとに広がる普通の世界と、白い壁と様々な原始的な装飾と、口から泡が漏れる音に被さる屋外の物音と、記憶によれば記憶に属するもののように思われる様々の生活音と、さっきから扉を叩いている宅配業者と、水圧できっと開かないと分かっている扉。


目の前の記憶と、目の前の記憶とともにここで呼吸をしているものと、雨の水槽となった部屋に浮いている珈琲の椀を満たしている珈琲の色をした光りの影と、珈琲の色をした光りの影を口に含んで獣の四つ足で立っている足音と、大体いつも足音に見とれている靴紐を快く無視する足音。

20100924 (b)

希望とは音楽が鳴り止んだあとも踊り続けること。
(イギリスのことわざ)



夜が、もしくは夏が、夜の色をした夏が、夏の形をした夜が、酒瓶の形をした夏が、酒瓶のなかに残っている夏の夜が、酒瓶のなかで水平な夜の皮膜が、その皮膜を被っている泡みたいな夜明けがまた弾ける音が、その炭酸水の泡が連続的に弾ける破裂する雨の音が拍子を取っている。


破裂する雨が、その場で立ち尽くしている雨が、深夜勤務を終えた雨が、電気でできた街を滴る雨が、石の内側に少しずつ染み込んでいく雨が、雨が、台所の雨が、回転している雨が、寝室の雨が、雨の拍子や律動が、石畳を打つ雨が、窓から控えめに吹き込む雨が昼寝の顔を打つ。


窓枠で絞られる広場で広がる数人の話し声が、夜みたいに目蓋を閉じている雨戸を開け放った不穏さでもある期待が、不穏さに期待を抱くいびつな透明が、名前を忘れてしまった透明が、雨を横切る透明が、光景と空気の透明さとの対比で際立つ不透明な水が降っている。

20100924 (c)

撃鉄のような飾り毛。



始めから存在したことなんてない意味や、もしくは途中で失われてしまった理由や、意味と勘違いされていた理由や、理由に転じて生き延びた意味や、失われてしまった理由や、何かが起こったり終わったりしたあとで振り返ることの意味や理由とこれまでずっと一緒にやってきた足音。


銃弾に狙われているのではなくむしろ銃弾を追い続ける体や、銃弾を追って縦断した前世紀風の州道や、決してその体から逃げ続けているのではない銃弾や、むしろ偶然のなかで脈絡を導き出しながら銃弾の軌跡と踊っている体や、常に追いつき得ない銃弾の軌跡を表している動線。


日々の生活のなかで銃弾を追い続ける体の動きによって撫でられている透明な銃弾の軌跡や、いつしか銃弾そのものと見分けがつかなくなるであろうその体や、銃口のような口や、銃身のような喉やうなじや、撃鉄のような飾り毛や、肉体として装塡された銃弾や、指先のような合図。

September 23, 2010

20100923 (a)

口の中の空気と身を寄せ合って。



水のなかで生計を立てている靴紐と足音と、口の中の空気と身を寄せ合って空気だまりを探している靴紐と、窓から差し込む九月の太陽光と、その光りに色付けされた雨の水槽と、雨の屈折率のなかで余りにも遠く離れた窓と寝椅子を視線の角度で近づけようとする足音。


何度も雨みたく降りながらも空を目指す足音と、自分が降って出来た水たまりに映った空を目指す足音と、自分が降って出来た水たまりに映った空を幾度も砕く足音と、室内の一角の個人的な密度と、雨の水たまりの水槽のありふれた重力と、重力の方向と、重力のせいではない雨。


茶碗ですくった雨と、その茶碗にどこからか一滴の落ちる波紋と、建物の共用部の名残りである中庭の吹き抜けから見上げる青い空と、茶碗ですくった一滴の雨と、その一滴がそれ自身のうえに波紋を走らせる内側からの木霊と、まるでそれ自身の記憶を持つかのような建物の内装。

20100923 (b)

朝と夕にやってくる四季の裏側の季節。



客のはけた巨大な劇場が、もしくは幕間の弛緩した空気が、空中を漂っている禁煙の表示が、細胞壁みたく並んだ座席が、まだそこにあるような独白の残響が、残響だけが残るように執筆された独白が、音響と切り離された残響音が、つまりは時間と空間から切り離された響きが廃屋の劇場を飾る。


独白の残響がそこに作り出している人々が、人々の社交的な幕間が、もしくは幕間だけを渡り歩いている人々が、幕間だけのために書かれて上演されている演目が、荒野での幕間が、嵐のなかの幕間が、水面から水底に向けて降る雨のような幕間が今度は縦横無尽に幕を繋いでいる。


そのような独白が、そのような脚本を書く劇作家が、そのような一幕が、天幕だけで高く覆われた大劇場に入っていく人々が、そこに敷かれた線路を減速しながら天幕のなかに走り込む秋の鉄道が、幕間を渡り歩く人々が四季の朝方と夕刻にやってくる四季の裏側の季節を楽しんでいる。

20100923 (c)

かたほうと打って方法と変換される辞書。



長年続いている会話や、長年続いている会話におりた長い沈黙や、長年続いている沈黙に割り込んだ一対のやりとりや、沈黙を沈黙たらしめているその一対のやりとりや、返答の定まらぬ問いや、問いの定まらぬ答えや、一対であるひとつ。


例えばあくびと叫びが踏む韻や、どちらかがもう片方に対して踏んでいる韻や、別の片方がまた別の片方に対して踏んでいる韻や、片方がもう片方に対して仕掛けようとしている賭けや、別の方法がもう片方に対して仕掛けている賭けや、かたほうと打って方法と変換される辞書。


今しがたの自分の最後の息と比べた場合に次に行われる自分の最初の息や、最後の息が持続した時間や、最後の息はやはり最初の息であったというような一つである循環や、今しがたの自分の最後の息と比べた場合の自分の次の最後の息や、その次の最後であり最初である息。

September 22, 2010

20100922 (a)

人生でなかろうが本当ではなかろうが。



明日から後ろを振り返っているような一日と、その一日を後から振り返っているような一日と、もしくはそのような一日を思い浮かべる数秒の時間と、ある数秒をその数秒の内側からすでに後悔しているような諦めの良さと、部屋に貯まった雨の水で靴紐の分を溺れている足音かもしくはその逆。


雨の水に満たされた室内で一滴と、一滴の部屋と、一滴の部屋と気泡と、一滴の部屋のなかで家具が傾いた加減で出来た空気だまりと、空気だまりくらいの空間しか本当は使わないのにと考える靴紐と、空気だまりから出たら溺れてしまうような生活をしていたのかしらと考える足音。


結局はいつもどの日も他の日の分も濡れているのだから人生ではなかろうが本当ではなかろうがすでに前払いが済んでいるみたいな雨の日の情緒と、別に人生だろうが本当だろうが作り物に感じる隅まで行き届いた一瞬の情緒が長持ちはしない寝椅子から窓までの距離。

20100922 (b)

といって別にそれで。



単純な雨の音が、雨が足音と靴紐の暮らす二つの重なりあった建物を揺らす音が、水中で破裂した手榴弾のような雨が、手榴弾のなかで炸裂した雨が、壁の波紋が、実に音楽的なその波紋が、視覚的であるともいえるその波紋が物質的なものに還元されるのをずっと待ってる部分もある。


実際の雨の音が、通りを誰かが渡る声が、冷蔵庫が回転数を上げる音が、いつも壁と天井に囲まれてはいる部屋に響く雨だれが物質に還元されるのを待つあいだに全ては起こってしまったと靴紐が足音に耳打ちすることもできるし起こったからといって別にそれで終わりというわけでもない。


例えば純粋な雨の音が、その純粋さが、それを純粋であると感じることが、都市のように自生する純粋な雨の音が、降る前からすでに濡れているというような純粋さが、雨を雨だと感じぬたぐいの純粋さが、自分は降っていないのだと感じながら降っている雨の白痴的な純粋さが街を打つ。

20100922 (c)

鳴っている音のなかでそれを知らぬままの静寂。



両耳みたいな振動板や、心臓からの出窓や、首筋の螺旋階段や、どこかに刻印されているはずの日付や、有効期限や、もしくは無効期限や、いつも明日から無効ではなくなると記載されている今日の日付や、炭酸水の雨や、雨ですっかり出来上がった酔っ払い。


両耳の奥にあるその部屋や、その部屋の薄闇を聴いていることや、死の衝動みたいな生の実感や、動かない空気のなかの風の音や、活動していない風の音や、両耳の奥の風の音や、もしくは両耳の奥でずっと木霊している波か風の音や、その木霊に返事を返しそれがまた木霊する両耳の奥の部屋。


両耳の奥の部屋と一致するかは分からない両目の奥の部屋や、両耳の奥の部屋よりは時に音楽的に感じる両目の奥の部屋の静寂や、純粋な雨のような純粋な静寂や、つまりは自分が静寂であることも分からぬまま静まり返っているたぐいの静寂や、鳴っている音のなかでそれを知らぬままの静寂。

September 21, 2010

20100921 (a)

腹が減ったとぼやきよく冷えた茶を飲む。



ある二重に重なった建物のなかで重なっている靴紐と足音と、同じものを見聞きしながら決して同じ一人ではありえないその二人と、二人の重なった視界と、二人の見ている決して重なってはいない対象物と、靴紐が腹が減ったとぼやいているときによく冷えた茶を飲んでいる足音。


目から視界が溢れてしまったような光景と、この世の終わりか始まりか続きと、一段ずつ上る暗い階段と、少しずつ近づいてくる声と、近づいてくる声とは対照的に遠ざかって行く物語と、地下にあるのか地上にあるのか最早判然としない階段と、寝心地の良い寝椅子で砂菓子を食べている足音。


砂で出来た菓子と、いつかは曼荼羅を描いていたその砂と、いつかは足跡の残した溝であったその曼荼羅と、いつかは寝静まった旧市街のようであったその足跡の溝と、溝を崩すようにぱらついていた雨と、雨の音と、雨の音を聴いている足音と、そこに音楽であった音楽を探している靴紐。

20100921 (b)

空からすとんと落ちてきたような下り坂。



世界のなかでただひとつだけ地図ではない街が、地図の否定により成り立っている街が、青空へのぼる途中で当然途切れる上り坂が、もしくは青空から突然にしてすとんと落ちてきたような下り坂が、上りと下りで道が違う坂道が、もしくは自らが道に迷っているだけの坂道がすとんと空から落ちてきたようだ。


叶わぬ肌が、なんでもない肌が、当然のように人肌の肌が、一肌脱いだ肌が、夜の時間みたいな肌が過ごしている昼間の時間が、夜の時間みたいな肌が街角で過ごしている普通の時間が、普通の時間を過ごしている夜の肌が、夜の肌が波打っているその波打ちぎわで肌に触れる。


本棚が、空っぽの本棚が、色とりどりの本棚が、表紙しか存在しない本が、それと同じように本棚しか存在しないような本が、もしくは作者しか存在しないような本が、もしくはある一つの言語や眺めとしてしか存在しないような本が積み重なった家で育った後に自営業を営む。

20100921 (c)

雨雲のような空や、雨雲のような海。



加速していく滴や、大きさの分からない一滴の滴や、ただ一滴であるという大きさのひとつまみの滴や、大海の広がりをそのつむじに隠しているような滴や、滴のつむじに隠れて空を探している晴れや雨や曇りの天気や、真円みたいに破裂を夢見ている滴や、真円みたいな滴を夢見ていた破裂。


雨雲のような空や、雨雲のような海や、雨雲のような床や天井や、足音の指先から一滴ずつ降っている雨や、一滴の血と一回の鼓動が釣り合っている心臓や、心臓の横に並べられた点鼻薬の瓶や、誰かからの電話がかかってくる前なのかそれが切れた後なのか不明と表示されている携帯電話。


手術台から飛び散った雨や、手術中に降っている雨や、雨の術式や、鉗子などを渡すかわりに傘を差している看護婦や、雨の輸血や、主に雨を用いるとされる麻酔医や、試験管のなかで生み出された雨や、試験管のなかで降っている雨や、手術台の下で雨宿りをしている足音。

September 20, 2010

20100920 (a)

"I haven't got good at wasting ten years of my lives.
It does sometimes seem I have."
- Nicoli Binara



通りを透かして見上げる空と、少し遠くで跳ね返っている音と、何通りも透かして見上げている空と、一瞬の空と、だいたいの地面と、靴紐が右手で触れている壁と、足音が親指で押さえている壁の塗装の剝げかかった箇所と、伝説の二人がそれぞれ一人ずつでしか存在し得ない場面。


曇り空を猫背で支えている靴紐の黒目と、無音と出音のまだらを下顎に乗せて均衡を保つ足音と、空を映し出している灰と茶とその他の色の温度で一夏かけて冷やされた石畳と、潮騒と汽笛と、排気孔に縫い合わされた建物と、排気口からはみ出ているその建物に重なるまた別の建物。


排気口により縫い込まれた一つの建物に重なるまた別の建物と、その二つの建物の中や外で可能な全く同じ景色と、そのひとつの建物の外で可能な足音と、そのもうひとつの建物の外で可能な靴紐と、二人がどうにか互いを見つけ出すための努力をすることのできる重なった建物。


20100920 (b)

録音技術により生み出された二人。



建物に重なっている建物の影が、建物の影に重なっている建物の影が、分岐を分岐として定める視座が、実在する風景を分散処理している起こらずの歴史が、そのなかでもとても似通った互いが互いにとって存在しえない歴史の組み合わせがどこにもいない二人を互いのそばに置く。


ある曲の中で寄り添っている二人が、あるいはその曲の外で寄り添っている二人が、あるいはある曲とある曲が寄り添っているような二人が、あるいは録音技術により生み出された二人が、あるいは電流により生み出された二人が、あるいは互いを即興しているような二人がいると曲はいう。


元本を探し続ける複製が、元本を探すように複製されたものが、元本があるかのように複製されたものが、もしくは複製を待ち続ける元本が、自分が複製されたかのように感じている元本が、もしくは自分が複製されていると感じるからには自分は元本なのだろうと考える元本が届く。

20100920 (c)

映画の長回しを長回しで見ている衛星脇の渡り廊下。



夜の白い壁や、ちなみに昼に見ても白いその壁や、朝に見ると少し黄色がかっているその壁や、もしくは夜と昼には白く見えるだけのものかもしれない少し黄色がかっている壁や、実在するふうに思うと入る吹き出しを膨らませている人型の輪郭線や、何度も修正を重ねられてきたその台詞。


台詞に修正を加えてきた作家や、編集者や、読者の目や、時代の流行や、そのときの気分や、一番古くて一番新しいものや、その台詞が入る吹き出しを膨らませている登場人物や、その都度その台詞だけが修正されて出回る最新版や、そのように修正されてここに記されている最新版。


一人芝居や紙芝居や、漫画の見開きや、演劇の舞台や、映画の長回しや、映画の長回しの場面を長回しで見ている衛星脇の渡り廊下や、映画館があるという一月から十二月までの繊維を暦の順に編み込んだ宇宙空間の地球という場所や、演技の練習をする暇もない縁起。

September 19, 2010

20100919 (a)

その伝聞がまた繰り返されたりするのを好む趣味。



虹を一言で言い表せる色の名前と、ある時代に生きる複数の世代をひとくくりに言い表すことのできる賢い名前と、犬と猫を一言で言い表す名前と、誰かと自分を同時に言い表したりそれによって誰かに自分と同じ何かを代表させることのできる名前などはありませんという付箋など。


付箋から目を上げて室内の眠気を探っている足音と、本に目を落として文中の静けさを測っている靴紐と、おそらくは同じ部屋における違う時間の光景と、もしくは同じ時代に於ける違う場所の光景と、もしくは同じ時代の同じ光景の同じ光景の出来事の違った可能性の中か外での出来事。


録音技術と再生の習慣が可能にしてきた共有されている光景とされる懐かしい光景と、伝聞系の文化と、その伝聞と体験がどうも妙な具合で結びつく夏や夜と、その伝聞がまた繰り返されたりするのを好む趣味と、足音か靴紐の寝椅子の枕もとで再生されている圧縮音源の熱い実況ぶり。

20100919 (b)

録音技術そのものみたいなその酒場。



電球の芯みたいな歌声が、そこから光のように広がる歌が、その光のようなものの作る物影での逢瀬が、その物陰のようなものに隠れて何年にもなる州兵が、その州兵を気取る新兵が、その新兵が通い詰めている酒場が、まるで録音技術そのものみたいなその酒場がどの街にもある。


録音技術のように信頼に足る誰かが、もしくは録音技術のように饒舌であり同時に寡黙な誰かが、録音技術のような天気予報が、録音技術のような教会建築が、録音技術のような通信が、録音技術のような夜空が、録音技術のような再生の習慣がこの時代の地球では一般的だと思われていました。


ある夜が、ある酒場が、ある夜のある酒場が、ある酒場のある夜が、もしくはある夜が、もしくはある酒場が、もしくはある二人が、もしくはある一人が、もしくはまた別の一人か二人が、待機させておいても構わない三人か四人が、結局は眠っていたあの夜のことがいつまでも思い出される。

20100919 (c)

作り笑いや泣き笑い。



地図のなかにいながらにして地図の外側にしか踏み出せぬという足跡や、地図のなかにいるからこそ地図の外側にしか踏み出せぬという足跡や、地図の外側に踏み出すからこそ地図のなかにいるという足跡や、複雑に入り組んだ溝が一回一回の地図を描くというような極大か極微の足跡。


その足跡が駆け抜けたいと願っているその足跡の溝の地図のなかの町並みや、その町並みを探して今も歩き続けているといえるその足跡に紐付けされた靴紐と足音や、作り笑いや泣き笑いや、つくりものやものづくりや、見開きや吹き出しや、ひとつの袋に入ってお手軽な索引。


索引化された生活が、常に何かを検索しているという状態が、つまりは検索という常態が、索引だけで存在するものや、索引がなく存在するものや、未検索の標を激しく光らせているものや、検索については検索しきれぬという単純な事実や、索引化された消滅や、索引化された忘却。

September 18, 2010

20100918 (a)

それを鳴らす音質のように分厚く切れがよく自覚的な音楽。



秒刻みの消滅の中で誰かと誰かが出会い直す街角や角部屋と、そこで鳴っているそれを鳴らす音質のように分厚く切れがよく自覚的な音楽と、消滅の復習に対して支払ってきたここ数十年の過剰と、もしそれが代替不可能な何かなのならばそれを代替可能に変えるというお仕事。


音質の冒険と、たとえば靴紐のそれと、常に靴紐の冒険に追従する足音の冒険と、常にかくのごときに語られる物語と、ある種の物語とともに生み出されたようにも見える靴紐と足音が決して互いを知らぬような物語を共にいることにより編んでいるというような疲れる事柄。


いつも靴紐の退出をうながす足音と、いつも足音の退出をうながす靴紐と、いつも靴紐の退出を予期している足音と、いつも足音の退出を予期している靴紐と、二人が二人の記憶のために志す歯車のような機関と、記憶されていない二人を駆動させている記憶されている二人。

20100918 (b)

可能な銃口や。



これ以上の面倒はごめんだとか言いながら肩の埃を払う肩が、そこに向けられる銃口が、これまで様々な弧や直線を描いてその肩に辿り付いた銃口が、銃口という状態が、それまでにも様々な銃口に向かって来た肩とそれまでにも様々な肩に向けられた銃口がずっと互いを無視している。


これ以上の面倒は本当にごめんだとか言いながら再び肩の埃を払う肩が、そこに向けられる銃口が、その銃口に向けられる過去の銃口が、その銃口に今は向けられていない未来の銃口が、可能な銃口や不可能な銃口や本当の銃口が狙いを定めて拡大の倍率を上げている。


面倒ごとはもういいのにと言っているのにといいながら銃口を見つめ返す目が、銃口を探すためにだけ作動しているその目が、その目に気付かれずにその目をずっと背後から狙い続けている銃口が、その銃口がやはり探している本当の銃口が火を吹いたのかどうかはいつでも分からない。

20100918 (c)

不可能と同衾しているような日々。



惜しむ暇を惜しむ暇もない毎日や、そこから毎日を取り除いた様な日々や、そこに毎日を加えたような日々や、生きられなかったものを惜しむ暇を惜しむ暇や、可能であったものを惜しむ暇を惜しむ暇もないような日々や、不可能であったものはそもそも惜しむことすら不可能だということ。


不可能であったものを惜しんでいるような要はただの気分や、その気分を曲に起こしたみたいな曲や、その気分を色や形に起こしたような視覚芸術や、その気分を書き起こしたみたいな散文や詩や小説や、不可能であったものを惜しむことが不可能であるとただ単に思いついただけの可能。


不可能であったものを可能であったもので暖めている日々や、そうすることによって可能を再び暖めているような日々や、そうすることによって布団にくるまっているような日々や、そうすることにより通りをうつような日々や、そうすることにより不可能と同衾しているような日々。

September 17, 2010

20100917 (a)

「消滅を待たないで」



いつも最終章の前章で落ち合う消滅を待たないでという声と、言い換えれば自分の消滅をその目で確かめてという声と、つまりは消滅する前に何がそこにあったのかを今確かめてという声と、録画中と示されているのかそれとも録画中止と表示されているのか定かではない枠内。


鼻で笑っている読者と、例えばあの隊商の娘と、あの娘がこれを読んでいる任意の昼の酒場の任意の空気感のなかに並ぶ任意の夜の任意の冷たさを余りにも白々しく長いあいだ吸い続けた座席と、純粋に情動と処理能力のための常套句と、それと同じ目的で書き連ねられている断章。


また月明かりの届かぬ酒場の奥の夜と、寝過ごしたまま花束のような夜の中心でふと目を覚ました娘と、娘とは全く無関係の場所で咲いているその花を思い描いているのか思い出そうとしているのか分からなくなったときに吹き込んだ風と、窓の外で地上の夏が消滅の試算を行っている枠内。

20100917 (b)

今に至るという話が終わったところから。



消滅を妨げている消滅の試算が、仮定された消滅のなかで生き延びていることが、もしくはとっくに消し飛んでしまったそのあとかたが、もしくはとっく消し飛んでしまったそのあとかたのように試算された消滅が複製されて今に至るという話が終わったところから。


折り紙のような肌が、その折り紙を折ったはずの誰かが、折り紙のような肌が踏みとどまっている静止の向かい風と逆光が、酒を飲む折り紙のような肌が、いつも先に寝る折り紙のような肌が、あとはいつみてもだいたい寝ている折り紙のような肌が今は炭酸水を飲んでいる。


よそよそしさを試算している街の通りが、試算されたよそよそしさに対する愛着が、試算されたよそよそしさというひとつの実話が、実話のなかに展開される試算が、重複ではなく対位が、かつ相互に対する無伴奏が振り切れてその後何年か鳴り止まなくなった夏を幾つか覚えているという。

20100917 (c)

過剰なのか消滅なのか違うのか。



消滅を逆算してそこにあるような日々や、ならばその逆算によって得られた分は見聞きしようと検算をしている計算機であったものや、その計算機を消滅から逆算してここに置くことや、過剰と消滅との両方に直面することや、それが結局は過剰なのか消滅なのか違うのかを確かめること。


彼らがあなたを覚えようとしている時にはわたしはあなたを言い換えていてあげるからと誰かが言っている喫茶店の使い回しやすそうな場面や、彼らがあなたを完全に忘れ去るときには言葉をあなたに言い換えていてあげるからと誰かが言っているその直後に不完全に使い回された場面。


折り紙で折ったような街や、折り紙で折ったような電気や、折り紙で折ったような紙幣や、折り紙で折ったような衣服や、折り紙で折ったような時刻や、折り紙で折ったような西日や、折り紙の街を開いて再び折り直しているようなその折り目ばかりがいやに目につくまぶたの折り目。

September 16, 2010

20100916 (a)

この曲の名前を知っている誰か。



この曲の名前を知っている誰かと、この曲の名前を知っている誰かの名前と、この曲の別名を知っている誰かと、この曲の別名を知っている誰かの別名と、この曲の別名であるかのような誰かと、ということはこの曲であるかのような時もある誰か。


この曲のなかに住んでいる誰かと、それと同時にこの曲のなかには住んでいるはずのない誰かと、この曲のある種の作曲法であるかのような誰かと、この曲に偶然を期待し続けている誰かと、この曲に何かの必然を次々と探す誰かと、この曲の幻聴であるかのような誰か。


この曲を歌うのが上手そうな誰かと、この曲を聴くのが上手そうな誰かと、この曲をかけるのが上手そうな誰かと、この曲に合わせて踊るのが上手そうな誰かと、この曲を書くのが上手そうな誰かと、この一曲しかないというのにいつもこの次の曲の中にいるように見える誰か。

20100916 (b)

仮定された透明。



ある程度澄んだ水のよう澄んだ水が、その程度がきらめいて見通せる水中の様子が、浅瀬の潮流に揺さぶり起こされる砂が、泡となって流れている細かな潮流が、ある程度澄んだ水に反射するある程度澄んだ空が、その程度を透かして見通せる空中が透明を管理している。


管理された透明が、徴発された透明が、検閲された透明が、見習い中の透明が、見過ごされた透明が、仮定された透明が、計算された透明が、機械じかけの透明が、影を持つ透明が、だからそこに影しかないように見える影が透明のかたちを測っているところで当然のように灯りが落ちる。


灯りが落ちる前にそこに見えていた女の姿が、劇場の配電盤を修理していたにきび面をしていてもおかしくない若者が、その晩の第四幕目の独白をとちった代役が、灯りが落ちた時に給仕場の娘の手から滑り落ちた葡萄酒の瓶がそれぞれの崩壊に対して為すすべもなく身構えている。

20100916 (c)

灯りの落ちる暇のない一瞬の出来事。
「例えば?」
「少し寝過ごしたこと」



日々の些事や、公共交通機関や、図書館や、酒場や盛り場や、路上駐車や、写真や、携帯電話や、通話や、通信や、自分の遺言を執行しているような日々や、魔法のない呪文や、もしくは魔法のある呪文や、透明な文字の透明ではない読み仮名や、もしくは何かの読み仮名。


灯りの落ちる暇もない一瞬の出来事や、例えば待ち合わせに遅れてしまったことや、例えば飲み物を買い忘れたことや、例えば目玉焼きの目玉が割れてしまったことや、例えば少し寝過ごしたことや、それから灯りがともるのを待っている時に降りだした午後の街中の雨のような振り出し。


例えば人間であったものや、例えば記憶ではなかったものや、例えばたとえられていたものや、例えばたとえられていなかったものや、例えばうるさいとか思っているものや、抜群の構図や、それを裏切り続ける場面の手助けや、見取り図を取り出してそれで折り紙を折るもの。

September 15, 2010

20100915 (a)

何を原因にして何を結果とするか。



憂鬱の練習と、愛想が尽きる暇もない本番と、憂鬱の練習中の本番と、本番中の憂鬱と、社会化された憂鬱と、索引の作られた憂鬱と、郵便番号のような憂鬱と、電気信号のような憂鬱と、洗濯物が乾いていくみたいな憂鬱と、憂鬱である幸福と、憂鬱さのない憂鬱。


空を落ちるぎりぎりの花びらがいずれ水面に出会って濡れる時に知らされる不愉快な調和と、その描写を視覚化する視力の煩わしさと、単に経験が繰り返しているような気がしてならないという平衡感覚のない常套句的な実感と、どこまでを反復としてみるかという話し。


月光に透けている空の浮島に一瞬重なりながら空中でその身をひるがえすぎりぎりの花びらと、通過する列車に煽られて今度は弾かれるように宙に巻き上げられる花びらと、その動きの密度に迫ろうとしているそれぞれの描写や説明の密度と、何を原因にして何を結果にするかという話でもある話。

20100915 (b)

餞別や餞別以外。



街区が、一店一店の軒が、それらの脇から時に伸びる路地が、路地の向こう側に消える家路が、路地の向こうに見える宵の口が、音楽とは関係のない音楽が、音楽であることによって自分を音楽たらしめている音楽が、耳から入ってくる鳴っている音が、それらを繋ぎ合わせる規則や約束や歴史が鳴っている。


人物の衣服が、それぞれの来歴が、日常が、欲望が、それらに対する描写が、行動によって記されるものではなく雰囲気によってまとわれた人物の動きが、動きの緩衝が、例えば小説などで即物的で評価的な描かれ方をしかされることのない起承転結が起承転結を含んでいる。


時に出会いが、時に別れが、どの時にも出会いが、どの時にも別れが、邂逅に対する餞別が、一瞬で短く途切れ途切れの餞別であると思えるだけのものであるかもしれない餞別が、表面を擦りながら深くて見えない傷跡を残す餞別や餞別以外が、その餞別を味わっている暇もないということがそこにあるだけ。

20100915 (c)

遥か遠くまで放った紙飛行機。


区切りの良い夜や、区切りのない夜や、夜を区切っている区切りや、その区切りである一杯の酒や、視界のなかで店を内向きに覗き込んでいる誰かの視界や、膨らみのよい厚みや、弾力性や切れ味や、視界のなかの視界であるという舞踏や、視界の背後の舞踏や、舞踏という舞踏と言った御託。


構文や、語意や、言い回しや、韻律や、数律の加減や、再翻訳や、残響音や、言語の非文字的である文字的な要素が受身にではあるが説明的に重なっている視界や、印象の描写という遥か遠くまで放った紙飛行機や、紙飛行機の描写や、紙飛行機から見える景色や、紙飛行機に乗り合わせた人々。


音がしなければそれは音楽がではないのだと思っていたのですというもう一見どこから突っ込んでいいのかも解らないとされる同時代人や、画力を詰め詰めにして素朴さで仕上げましたみたいな印象や、時には心象を真似た影で舞台裏を支えながらそれ自身を渡り歩いている描写。

September 14, 2010

20100914 (a)

静止が静止している度合いを一言で言い換えて行くこと。



風に吹き流された目の前の景色と、風として吹き流されている目の前の景色と、目の前の景色に吹き流されている風と、風通しのいい体と、透き通るほどに見渡しのよい心と、終の住処と、言い様のない幻滅と、幻滅としか言い様のない別の何かと、線路に立って列車を待っている隊商の娘。


風の歌にも似たその年のある季節からある季節の変わり目と、曲がり角を曲がればすぐそこにあるはずの酒場と、坂を上るとそこにある半ばと、そこで待っているとてっきり信じ込んでいたものと、もしくはそれがもういなくなってしまったことのその理由に納得している人体にも似た身体。


保たれていた予感と、予感として保たれていたものと、状況の遷移を仔細に追いつづける文体と、静止が静止している度合いを一言で言い換えて行くことと、描写により状態の新しさを更新していくことと、目蓋の動きによくにた唇と、唇のかたちをしている文字。

20100914 (b)

重さを感じさせない空気で行く先を塞いでいる空。



石の壁が、壁にみる意思が、肌理の細かい靴紐が、足下で足下を押さえ続けている摩擦係数が、重さを感じさせない空気で行く先を塞いでいる空が、方向に拘束された移動が、遷移に従属している状況が、人称に依存している人格が、人格を定めていく行動が個人的な伝説に割り込む。


程よい眠気が、眠りを許すほどの眠気が、白昼夢を遮る眠気が、いつかも感じたことがある気がする眠気が、石のように大人しく動かない眠気が、水中のように泡立ちながら息苦しい眠気が、深夜の雨のなかで傘をさしているような眠気が、眠気をこらえているような平日の眠気が程よい。


目が覚めた時にいつもそこにいると思っている誰かの影が、手に入れては失っている環状線が、環状線の状態を読み上げている現在地点が、そうすることによって循環の外を試そうとしている朗読者が、もしくは能動的な誤読を許そうとしている視聴者が眠くてしょうがない夜の夢を見ている。

20100914 (c)

人称に塞ぎこまれた声。



蔦の生い茂る二階の出窓や、出窓を飾る真鍮の装飾や、ひとつひとつの窓が塞ぎ込んでいる室内の憂鬱だったりするものや、窓に塞ぎこまれた居室のありさまや、目玉に塞ぎこまれた体のありさまや、曲に塞ぎこまれた心象風景や、声に塞ぎこまれた曲や、人称に塞ぎこまれた声。


誰かと向き合う時の心の景色や、静止を連ねる会話やひどい言い訳の粘り気や、汗の感触のする粘り気や、粘り気の感触のする時間の流れや、静止に良く似た対面や、現在から過去を振り返るその視線を分け合うとすることや、そこからもういちど未来方向を振り返ること。


強迫観念にも似た生の自覚や、流れ込みも流れ出しもしない日々や、虚構の機能性や効率や、虚構と情動や、情動に現実をみるというそもそもが間違った戦略や、規則の外側を予感することや、予感された場所での規則とやはりやり合うことや、解放感のある束縛とやり合うという傾向。

September 13, 2010

20100913 (a)

収録と放送と再放送。



どこかにあるはずの折り目をいつしか見過ごしていた日々と、常に折り目として立ち続ける身体と、隣り合わせを幾度も擦り抜け続けた余裕の瀕死と、絶対に生き延びると貨物列車のくらがりで息を殺している隊商の娘と、娘が娘自身が消え去る可能性の記憶だけを最後まで持ち続けるということ。


外部にも内部にも存在しうる消失の可能性と、娘のなかで誰かの何かを思い出さなくなったときに参照されなくなるような一点と、その一点が含んでいる娘のかけらと、永遠に消失しながら永遠に蓄積しつづける消失の蓄積と、その体感速度と、船酔いしてると気付くための少し長い時間。


船酔いに気分を同調させてひとまず正気といってみることと、規則性のない運動に不規則な運動をぶつけて何らかの規則をさだめていくことと、不規則性の規則を書き足していくことと、規則性で切り取った渾沌なら収録と放送と再放送が行われていることと、それがどうしたってこと。

20100913 (b)

「どうして」



恥ずかしげのない朝が、輪郭のなかを漂っている朝が、輪郭と中身のかわさる動きの縁が、動きの縁と未連絡の淵が、自分にも追われていない身の上が、動きのうえで滑り続けている思惑が、輪郭の再修正が、言語に最適化された説名の動きだとか静止のようすだとかが聴き手を待っている。


続きの話しの続きが、文脈の来歴が、正確なあらましが、多様化していくばかりの不正確さが、不正確さの穿つ一点が、不正確であることに関しては一定以上の評価を得てきた精度が、その精度に関しては不等な評価を受けてきた任意の一点が人称を持ち始める。


このお話は終わっちゃだめだからという声が、どうしてと問い返す声が、懐かしさの源には何かがあるはずだという声が、それがどうしたのという表情が、空回りの上手だけを競いあっているのは分かっているという声が、何を言っているのという声が延々と繰り返している。

20100913 (c)

もしくは退屈かもしれない齟齬。



影の造形や、身のこわばりや、本当と嘘を同時に投げかけている身のこなしや、その本当と嘘とを生み出している基準の状況や、本当と嘘とを楽しむことや、本当と嘘とを入れ替えることや、力点に着目することや、軌跡を追わないことや、成果を正解としてみること。


街の移り変わりや、文章の設計や、事細かな描写や、一般化された簡潔な公式や、人間としての反応や、尺度と解像度の不一致や、写像と説明とを一致させている視覚の人称や、人称の不一致から生じた齟齬や、もしくは退屈ではない齟齬や、もしくは退屈かもしれない齟齬。


滑舌だけはいい終わりの合図や、その滑舌だけを商品化したような意匠や、複製された滑舌や、人の声に再移植された滑舌や、滑舌を求めるための構文や、正確さを正確たらしめるための文や、滑舌だけを読み進めるということや、論理と滑舌を読み進めるということ。

September 12, 2010

20100912 (a)

風穴に咲いた花。



二人分凍えているひとりと、一人分凍えているふたりと、風穴に咲いた花と、もしくは風穴という種と、風穴の受粉と、風穴から風穴を巡っているようにも思える銃弾と、一日のことを何千年もかけて消化しているうちに空を巡り始めていた浮島と、完全さを代償として支払った進化。


もしくは風穴に流れ込んだ夜風で淹れた珈琲と、目蓋に流れ込んだ夜風でさらさらと流されていく一日の記憶と、誕生日を知らない隊商の娘と、でもあれでしょという言葉と、誕生日を知らなかったら一年のどの日も誕生日である可能性があるわけでしょというどこかで聞いたような台詞。


お名前をうかがってもいいですかと赤子の名付け親になる前に赤子にそう尋ねるのを習慣にしている男と、この子供の名前は匿名にきまったぞと朗々と響く名付け親の男の声と、それ以来行方は全く分からないものの確実にわたしたちのひとりではあるその赤子。

20100912 (b)

この声が聞こえてなければ君は大丈夫だ。



新しい乗車券を用意したんだという声が、古い出口から出てもそこは新しい日々には違いないんだという声が、この声が聞こえてなければ君は大丈夫だという声が、それに大丈夫だこの声が聞こえている振りをだけ続けてくれれば構わないという声が留守電から消去されていたのは少し前のこと。


夏を描写する線が、夏を描写する線画が、夏の何かを描写する線画が、何かを夏として描写する線画が、響きというよりは思い出に似ている声が、夏についての曲が、ある曲についての夏が、それと同じで夏についての記憶が、またある記憶についての夏がいずれも夏に属さなくても構わない。


花弁の形の夜をめくると浮かび上がる街の輪郭が、街の輪郭をめくるとそこに浮かぶ部屋の造形が、その部屋の造形をめくると奥の寝台で眠っている女の姿が、その女の服をめくるとそこにある肌の色が、その肌の色をめくるとそこに開いている花弁の形がまだ夜で街の輪郭を隠している。

20100912 (c)

徹底的に間違えた似顔絵から見えてくる描き手の心の似顔絵。



珈琲を飲まない現代人や、高度に発達した言語や、それ自身ののびしろを定義する言葉や、朝食時に珈琲の水面に映りこんでいたその日の夜に、これは今朝の珈琲の水面にきっと漂っているのだろうと思いながら回遊する街の夜や、それ自身が珈琲となって眠られぬ夜を再現している煌びやかな夜。


円を球としてみたときに見えてくるであろう様々な詳細の凹凸や、球を円としてみたときに見えてくる既に書き込まれた陰影の装飾や、時には徹底的に間違えた似顔絵から見えてくる描き手の心の似顔絵だとか、描き手の心の似顔絵そっくりに生まれついたなぜか懐かしく感じられる誰か。


ぎりぎりで豪快に場外にうっちゃった夜や、夜の外側で今日も進行中の一日や、今日の外側で今日も進行中の夜や、夜と昼間のどちらが先に始まったのかを問い掛けている午前中の何にもない隙間みたいな時間や、この夜もいつかになってあの夜はまだ終わっていないのではないかと思えるような夜。

September 11, 2010

20100911 (a)

見えているものを見えないものとして
見ているうちに見えなくなった目蓋。



空の浮島と、浮島のどこかにある花瓶から一滴ずつ溢れて満たされていった今の海と、そしていまも浮島から一滴ずつ零れ落ちる水滴と、一滴ずつ降る雨と、時には隊商の娘の頭におちることのあるその一滴の雨と、今もどこかを飛んでいる銃弾に撃ち抜かれることを夢見ている一滴の雨。


降り止まない雨とも言えるその一滴ずつの雨と、海となり雲となりいまのすべての雨の源でもあると言えるその一滴の雨と、 その一滴ずつの雨が溢れている花瓶に活けられている花と、空が活けられてもいるとも言われるその花瓶と、もしくは浮島それ自体だとも言われるその花瓶。


見えないものを見えないものとして見たいと打ち明ける娘と、それをいったらいま自分に見えているものが全部見えるようになったら何が見えてないんじゃないか分かるのではないかしらと付け加える娘と、見えているものを見えないものとして見ているうちに見えなくなった目蓋。

20100911 (b)

感情的な無感情。



小さな声が、抜け目のない眼差しが、感情的な無感情が、髪の毛のように軽い引き金が、引き金であるある女の髪の毛が、小さな声が歌っている小さな歌が、小さな歌が歌っている大きな歌が、大きな歌のなかで歌われている小さな声の振動がふとした拍子に髪の毛の引き金を引いてしまう。


夜と季節が、花束に似せた花が、花に似せた花束が、詩に似せた一つの言葉が、ひとつの言葉に似せた詩が、遠景を双眼鏡で覗いているみたいな一日が、もしくはその双眼鏡でそれ自体であるような一日が、裸眼であるような一日が細部を持たない全体として小さな体に打ちつけられる。


裸眼が、乱視の片眼で見つめている一日が、色盲のもう片方の眼で見つめている一日が、通り過ぎる前にその遥か前方を見始めていた一日が、通り過ぎたあとで一日であったと納得できるような一日が、ここ何年も続く何年経っても過ぎ去らぬように感じられる一日がまた明ける。

20100911 (c)

一秒先の未来と二秒先の未来を同時に掴む。



手応えのない風や、掴んだ先から掴んだ手を掴み返す妄執や、掴んだと思った先からさらに長い指となる妄執や、かつてはいずれの妄執であったに違いないこの手足や、過去に自分に掴まれ過去の自分を掴み返している妄執としての今や、それと同じように未来から掴み返されている今。


音楽と憂鬱や、何もない場所を掴んで何もない場所に掴み返されている体や、その体が掴もうとしている一秒先の未来や、その体を掴み返している一秒先の未来や、だから一秒先の未来からいつも逃げようとし続けているその体や、一秒先の未来と二秒先の未来を同時に掴もうとする体。


衝動的な憂鬱や、憂鬱な憂鬱や、特に憂鬱でもない憂鬱や、計画的な憂鬱や、好戦的な憂鬱や、憂鬱な酒飲みや、憂鬱な酒場や、憂鬱な回想のなかの憂鬱な未来や、陽気な憂鬱や、憂鬱な宴や、憂鬱な優しさや、優しい憂鬱や、感動的な憂鬱や、印象的な憂鬱や、世界で最初の憂鬱。

September 10, 2010

20100910 (a)

あるひとつの花瓶から溢れたいまの海。



もう片方の目と照応しない片目と、もう片方の耳と照応しない片耳と、もう片方の脳と照応しない片脳と、もう片方の方向と照応しないどちらか片方の方向と、この理屈と照応しない方向の理屈と、さらにその理屈とも照応しない方向の理屈と、何かに照応しているこれらの理屈。


耳許に月を許す角度と、口元に笑みを許す角度と、その笑みに照れを許す角度と、その角度に構図を許す架枠と、その架枠に静止した波紋のような余韻だけの動きを許す角部屋の角と、誰かの笑みが波紋のように寄せた結果として油断も隙もない角部屋の角として両手を広げている直角。


血まみれの花みたいな朝露の庭園ともしくは花がじっとりと汗ばんでいるみたいな屋外の温室と、あるひとつの花瓶から溢れたいまの海と、その海を新たにすくいあげて体内で蒸留させて咲く花だとかもしくは空に咲く雲の花と、海が本来その青さを反射している雲一つない空の青い花。

20100910 (b)

「そうだよそこには音があったんだよ」 
「その音を聞いた人間はいなかったんだけどね」



自分と出会った鼓膜が、自分と出会った網膜が、自分と出会った粘膜が、自分と出会った閉幕の合図が、自分と出会った油性の被膜が、自分と出会った弾幕が、自分と出会った水脈が、自分と出会った脈拍が、自分と出会った脈絡が誰かその人自身と出会ったその誰かと出会う。


伝説の二人を捜している一人が、名前すらなく誰かであるということが、流れのように正体を持たないということが、お尋ね者のように招待を待たないということが、空席が孕んでいる期待と孤独が始まりもしない何かが終わってしまったあとで続いているのを眺めている。


そうだよそこには音があったんだよと耳打ちをする伝説の二人の片割れが、でもその音を聞いた人間はいなかったんだけどねと肩をすくめている伝説の二人のもう片割れが、つまりそこに君たち二人が生まれる余地があったわけだなと呟く声がそれぞれの不在をたしなんでいる。

20100910 (c)

「君もそこにいたんだよ」



時間の実在を確かめにどこかに消えた若造や、その若造の実在を確かめにどこかに消えた針子や、その針子の後を追った税務署員や、彼らが乗り合わせた電車の運転手や、その電車の時刻表や、ずれた時計のせいである時刻の列車を別の時刻の列車と確信しながら時間の旅を続ける余所者。


隻眼の台風や、両目がある台風や、目のない台風や、目のない台風みたいな当たり前の天気や、台風に目のない娘や、台風の目がでた空のさいころや、台風の目の瞬きや、台風の目にも涙や、台風を目にいれても痛くない気象予報士や、台風の目抜き通りや、台風と目を合わせている日の目。


君もそこにいたんだよという無根拠で前向きな確信に満ちた声や、意味もそこにいたんだよと更に無根拠で前向きな確信に溢れた声が、日々もそこにいたんだよと被せる無根拠に直向きな盲が、記事をそこで書いたんだよとその場を締めくくる全方位もしくは内向きの直進を続ける筆の先。

September 9, 2010

20100909 (a)

死んだ記憶のふりをして今日も生き延びている娘。



地平線の彼方へ消えゆく線路を見送っている後ろ姿を背負っている感情と、その先に向けていつからかいつまでも伸び続けている線路と、その後ろ姿に感情として繋がっているはずのやはりどこまでも続いているはずの見えない線路と、その線路を通り過ぎる列車を待っている娘。


いつも口笛の先にある爪先と、爪先のさきにある視線と、つまりは視線である線路を走り過ぎていく列車と、その列車に紛れ込んでいまは毛布をひっかぶって眠ったふりをしている死んだ記憶の持ち物を漁っているような日々と、死んだ記憶のふりをして今日も生き延びている娘。


死んだ記憶の持ち物をまといながら今までになく生命を帯びている隊商の娘と、地平線の上に浮かぶ白い月と星の幾つかを目指して今は空の浮島をはっきりと頭上に据えている風速の主と、埃っぽい清潔な荒野と、水筒と、娘の体と、水筒の蓋と、娘の帽子。

20100909 (b)

目覚めも眠りも存在しない明晰な夢。



表の存在しない裏面どうしが、純粋さのない単純な動機が、目覚めも眠りも存在しない明晰な夢が、透明である全ての色が、珈琲の表面の艶や波紋でしかない深夜が、夜明けに似せた優しい表情に緩んだ抱擁のきつさがいつか解けることの安心感をいつまでもそのままの姿勢で望んでいる。


驚きが、喜びが、静けさが、退屈が、嫌悪感が、倦怠が、疾走感が、夏の春が、夏の秋が、錯覚が、実感が、欲望が、情動が、嘘が、恥知らずが、虚ろが、温もりが、予感が、想像力が、緊張感が、春の真夏が、春の真冬が、誰かが確かにそこにあったしこれからはこれから。


忘れないでという声が、消え去っていく声が、予感のなかに満ちていく飽和した現在が、もう今はここにある涼しい風のようなすこし先にあった未来が、そして今もここにある淀んだ空気みたいな過去が、その過去が含んでいた涼しげな未来が現在の平熱をいつまでも保っている。

20100909 (c)

自分の前後それから両方の手の平の内に広がる時間。



忘れてしまった事や、起こってもいないのにもう覚えている事や、起こってもいないのにもう忘れてしまった事や、忘れてもいないのにもう思い出してしまった事や、通り過ぎてもいないのに振り返っている真っ正面や、自分の前後それから両方の手の平の内に広がる時間。


ただ通り過ぎるものや、ただ流れていくだけのものや、ただ流れを許しているものや、ただ流れを整えているものや、ただ自分の後ろ姿をどうにか鏡でみているものや、後ろ姿しかもたない人影や、後ろ姿と眼差ししかもたない人影や、その人影を包む数え切れない光りと影。


修復と調整や、理論値と実測や、理解と実感や、明日に挑まれている昨日や、昨日に挑まれている明日や、それらの果たし合いを見届けることや、場であることや、騒ぎや消沈であることや、賭け金や倍率であることや、手札であることや、勝ちと負けを同時に繰り返すこと。

September 8, 2010

20100908 (a)

靴紐や旅行鞄の紐が巧みに織り込まれた手編みの街。



真綿の雲と、水溶性の空と、話し声や排気音や動物が息を吐く音で編まれていく音楽と、それ自身に耳を澄ましているかのような音楽と、拳の地面と、地面がほどけたみたいな熱気と、街の熱気で編み物をしている隊商の娘と、靴紐や旅行鞄の紐が巧みに織り込まれた手編みの街。


手編みの街の編み目に指を入れて光りを導いている娘と、光りを照らす光りと、街の光りを照らす夕陽と、凍った雲を色だけで温めている空に沈みながら溶けていく太陽と、反復から自由になった一日の繰り返しと、反復から自由になった一秒の繰り返しと、自由な反復を貫いている一人。


幾年にもわたって反復を定義し直している娘と、未定義の反復と、反復のなかに反復が織り込まれているというような無限回数の反復と、たった一度しか繰り返したことがないというな反復と、これからもう一度だけ繰り返すと決められたというような反復と、反復の始まりと終わり。

20100908 (b)

心臓から降る雨。



今後の花が、これまでの雨が、水溜りみたいな瞳が、地面のような体が、宙である体内が、心臓から降る雨が、時計盤の中心から広がる波紋が、時間の全方位に対して波立つ盤面が、その時に一瞬流れる電気が、素朴な感電が、感電死しながら生き返る生者の交信が今は内訳を求めない。


相対的に夜であるとも言える昼が、相対的に夕暮れでもあると言える朝焼けが、相対的に春であるともいえる秋が、相対的に桜でもあるといえる紅葉が、相対的に砂浜でもあるといえる雪原が、相対的に主義であるとも言える構造が、相対的に何かであるといえるすべてが無から還る。


時間の流れと見分けのつかない憂鬱が、川の流れみたいな空気が、小川のような路地が、真水のような酸素が、喉元のような曲がり角が、右肺のような部屋が、摘出された左肺のような屋外を手で掲げている少女が、雨樋の血管が、雨樋から垂れる水滴が一本一本髪の毛を描いている。

20100908 (c)

何かが繰り返している何かをただ一度だけ知ること。



音楽のあとにやってくる静けさの底や、音楽のあとにやってくる静けさの水面や、静けさみたいに鳴っていた音楽や、音楽みたいな静けさや、夜の静けさに飾られた音楽や、音楽に飾られた夜の静けさや、音楽に飾られた夜の静けさに飾られた沈黙を挟んで向かいあう二人。

何かと何かを挟んで向かい合うことや、向かいあう何かと何かに挟まれていることや、想像すると同時に想像されるものということや、自らの旋律に耳を澄ましている音楽であるということや、楽器であり奏者であり音楽であり聞き手であり聴取の体験であるということ。


何かが何かを繰り返していることや、何かが何かを繰り返しているのを感じることや、何かが何かを繰り返しているのを繰り返し思い出していることや、何かがまた別の何かを繰り返しているのを見ていることや、何かが繰り返している何かをただ一度だけ知ること。

September 7, 2010

20100907 (a)

嘘の嘘。



天空の白と、白と蒼と、青空と重ね着と、重機動の計算機と、手のひらの端末と、それ自身の地図のような街と、街の残骸と、街の残骸に暮らす人々と、さすらいの肌色と、肌の色と、肌の色に被さる繊維の色と、太陽に調光された真昼の深夜と、開けていく眺望に絞っていく焦点。


娘の唇の世の中を表している半開きの呼吸と、かつての未来の記憶のなかで娘に口づけていた男たちが奪っていった世界の形象と、そこに含まれていた彼らの満たされることのない欲望の秘密と、後になって満たされていなかったと気付くことになる欲望の秘密と、嘘の嘘。


隠し事をしているふりをしている朝と、隠し事をしているつもりになっている朝と、隠し事をしているふりをしながら何を隠しているのか分かってはいない朝と、隠し事をしていないふりをしながら実は隠すものすら持ち合わせていない朝と、隠しているうちに忘れてしまったものたち。

20100907 (b)

なにをもってなにかを不完全と呼ぶか。



丁寧に描かれた無機質の肖像画が、秩序を代表するかのように設えられた危うい均衡が、自ら逃げ道を作った後にそこから逃げ出した逃げ道とその後に残った逃げ水が、逃げることに専念しているうちにいつのまにか何かの追跡に変貌していた疾走が溶け込んだ水道水を蛇口から飲む。


容器に残った麦茶が、容器から逃げ出した麦茶が、体内を循環している麦茶の成分が、もしくはすでに排泄されてしまった麦茶の成分が、なくなったものとしてまだ容器中に蓄えられている空白の体積が、容器の形に成形された空白の体積が数日のうちに酸化させた麦茶を飲む。


なにをもってなにかを不完全と呼ぶかということについての議論が、不完全に不完全であることの可能性についての議論が、不完全に完全にあることについての議論が、それらの議論の不完全性や完全性を巡る議論が来るべきこのような不可測の事態の継続に息を飲む。

20100907 (c)

霊性と情熱のあいだ。



霊性と情熱のあいだや、細部と全部のあいだや、美しさが籠もって表面が蒸発し続けている滴の表面に映し出された光景のような夏や、朝焼けや、夕立や、不眠の夜や、もしくは不眠の昼や、様々な病人たちを繋ぐ朝の時間の静けさや、意思に打たれざわめいている心。


獣性や銃声や、ずっと長いあいだ声を求め続けて行き着くところ銃声を身につけた娘や、銃声を手に入れて今度は銃弾を求めるための旅路や、旅路を逆算している現在地や、現在地に辿り着くまでの代替経路を逆算している幾つもの昨日や、そこに住まう人影の影が差し込む窓辺。


端正な崩落や、崩落の姿勢のまま直立不動の信管や、潮の匂いのする火薬や、現実とかけ離れた死や、誕生を追悼する相対的な平野や、風向きを追いかける風や、指先を追いかける手首や、いつまでも終わらない終幕の挨拶や、それかいつまでも鳴り止まない開幕の喇叭。

September 6, 2010

20100906 (a)

天国の練習と、地獄の実習。



天国の練習と、地獄の実習と、死についての知識の不足と、都市を模倣した目の光りと、言葉を縫う沈黙と、沈黙を縫う言葉と、人の形で抱き合っている文字と、一日の形で抱き合っている夜と朝と、その瞬きのような隙間で薄目を明けている隊商の娘の唇がくわえている小枝と虫の声。


夏と虫の声と、夢のなかで聞いていた声と、声のなかで聞いていた夢と、夢を抱き留めている現実と、手元と足下を確かめている焦点距離と、焦点距離のなかでいつもあやふやな色彩だけの空気感と、口元にあるように感じられない自分の唇と、声にして確かめている唇の形。


唇のかたちで捉えた言葉の響きと、そこから導き出した文字の形と、それに相応しい対象物と、つまりは娘の唇のかたちに相応しいこの世のものの形と、世の中を軽く掴まえている上唇と下唇と、舌先で形を整えた風を送り出す横隔膜と、夜明けを引き絞っている細い喉。

20100906 (b)

風に灼けた日射しに焼けた壁。



霊感が、反射神経が、忠実なのかどうかすら分からぬ影が、また影に忠実なのかどうかすら分からぬ動きが、その影を生み出しているのかどうかさえ最早定かではない光りが、その光りを遮っているのかすら最早定かではない体が連携を守りながら因果に対して反撃の機会を伺っている。


人称の繰り上がりが、因果に対する最終防衛線が、歴史の最末端が、多分とついた最新の時間が、撤退と猛攻が、石の粘りで踏みとどまる足下で回転を続ける大地が、空を回しているような目眩を一カ所に集中させている人称が現実を担保にいれて曖昧さをこれまでになく取り扱っている。


顔の落書きを反映する骨骼が、筋力と合わさった骨の頑健さが、筋力と骨のたくましさを確かめている張り詰めた肌が、肌と触れあっている風に灼けた日射しに焼けた壁が、壁の重みで今はもう動くことの叶わない天蓋の様式が埃として解けた空気の緊張をいつまでも静かに押さえ込んでいる。

20100906 (c)

終わらない夏の一番寒い朝に積もっていた雪。



終わらない夏の一番寒い朝に積もっていた雪や、終わらない夏の寒さに紛れ込んだ穏やかな温かさに萌えていた新芽や、終わらない夏の紅葉に立ちこめていた目に見える寂しさのような夕暮れ時の空や、終わらない夏の真夏日に肌に焼き付けた太陽を舐めている舌。


手から足までを測るたるんだ服や、背筋をさすっている薄い空気や、見えない光のなかでくびれている腰や、その腰を真似ている首から肩の線や、顎に支えられた頭蓋骨の重さや、両耳に挟まれた世界の響きや、片目で瞑った更けていく夜や、もう片目で開いている明けていく夜。


幾つも重なった影や、影を重ねているただ一つの人影や、ただ一つの人影を重ねている毎日や、毎日を重ねている一日や、一日を重ねている昼と夜や、昼と夜を重ねている朝や、朝を重ねている眠りや目覚めや、眠りや目覚めを重ねている目の奥の光りと日光を重ねている体。

September 5, 2010

20100905 (a)

回想が記憶を追い抜く一瞬。



記憶と回想が競い合う場所で風に涼んでいる娘と、回想が記憶を追い抜く一瞬と、その記憶が刻まれた一瞬が風になり吹き付けている坑道の丘と、乾いた土地の上空を流れる湿った空気と、その真上で爛々と輝いている月と、月明かりを頼りに書き付けられた文字の上に据えられた石。


上空と地表とで色を違える月光と、月光に透ける空の浮島と、水晶のような機構の浮島の骨格と、夜風を呼吸している浮島の野草と、人影にも似た何かと、その人影が眠りの外側で見ている夢にも似たような何かと、人影が眠りの外側で見ている夢の内側で眠っている人影の細かい震え。


月明かりに透けている隊商の娘の首飾りと、季節により首飾りから身をよじらせるようにして小さな花弁を開く植物と、記号の植物と、記号の植物の記号をまとった鉱物と、月に透ける鉱物の記号をまとった種子と、乱雑な順序で季節の花を咲かせる内なる種子を涼ませる夜風と娘の体温。

20100905 (b)

街に浮かぶ皮膚の波形が速度と静止を同時に見ている。



現実大の実寸が、ひとごみの意味が、ひとりの意味が、意味のない夜空が、驚きと踊る時が、素晴らしい皹が、ある一点から導き出される無数の延長線が、眼差しと眼差しの空中戦が、皮膚の上に描かれる街の波形が、もしくは街に浮かぶ皮膚の波形が速度と静止を同時に見ている。


波形に浮かぶ皮膚が、皮膚に浮かぶ体温が、体温に浮かぶ外気温が、外気温に浮かぶ夏の流速が、夏の流速に洗い流された汗が、汗に洗い流された襟首が、襟首に洗い流された振り返りざまの耳たぶが、耳たぶに洗い流された冷房の風が、冷房の風に洗い流された空が窓に浮かんでいる。


点描で踊る足下が、焦点を探し続ける集中力が、一秒前を追いかけ続けている現在地点を追いかけ続ける前後数秒が、そこに割り込む記憶が、さらにそこに割り込む予測が、さらにそこに割り込む不可測が、さらにそこに割り込む例外とそれ以外が筋肉を流れ続けている。

20100905 (c)

木漏れ日のまだらが入れ墨として落ち着く肌。



入れ墨のように見える木の葉の影や、日射しのように見えた駅の看板の色彩や、看板の広告の女優の髪の毛に艶を生み出している写真のなかの日光や、残暑の日射しの中に立つ広告の看板の写真のなか表現されている木漏れ日のまだらが入れ墨として落ち着く肌。


目を閉じても熱だった思い出すことのできる背中の日焼けの痛みや、耳を塞いでも水だったと思い出すことのできる今は体内を流れている血液や、口を閉じていても肌だったと思い出すことのできる画面の奥の奥から浮かび上がる文字列。


室内の人工光や、体内の人工光や、脳内の人工光や、機内の人工光や、つかまえられた光りや、放たれた光りや、影のように水面で揺れている光りや、手のひらを通して両腕を繋いでいる光りや、目の中の自然光や、缶珈琲のなかの自然光や、人工光のなかの自然光や、記憶のなかの自然光。

September 4, 2010

20100904 (a)

判断なのか予感なのか余談なのか判別しがたい明晰さ。



朝焼けに夕暮れの群青を溶かし込んだみたいな寂しさとは別腹の孤独と、判断なのか予感なのか余談なのか判別しがたい明晰さと、熱と似ている夏と、秋と破棄は似ていると思う隊商の娘と、冬に似ている白湯と、春に似ている晴れと夜が霞がかっている晩夏の明け方に茶をすする同時代性。


一日に一度点滅する街の空と、一分に一度瞬きをする酔っ払いと、光りにより切り取られた風景と、転げ落ちた薬莢に詰まっていた一瞬の閃光や、空になった酒瓶に詰まっていた酔いの分だけ覚めてしまった顔面の茜や、茜色の瞬きを重ねながら朝焼けか黄昏かを数えるぼさぼさの髪の毛。


いつか回ってくる勘定を内心心待ちにしている酔っ払いと、今過ごしているこれがひょっとしたら勘定なのではないかという不愉快な憶測と、いつかこの俺にも感情は回ってくるのだろうかという期待にも似た不安と、さもなくばこれが感情なのではないかという不穏さにも似た胸の温かさ。

20100904 (b)

賭けに負けて価値に勝つ。



血塗れだよと教えられた水浸しの男が、汗を流しなよと言われた血塗れの女が、紙切れにいい気になりやがってと罵られる金持ちが、白紙には事欠かない絵描きが、理性の過剰に苦しむ狂人が、ものが見え過ぎるために目を潰された生活者が偶然にも氏名として選んだ無関係な一人の人間。


姓名ではなく生命が、声明ではなく清明さが、すべて本文として書き連ねられる例文が、通り名と通りの名前が、そこにある一通りと流れ続ける人通りが、焼け落ちているのではなく燃え上がっているのですという声の欠如のために炎上を選ばざるを得なかった殉教者が賭けに負けて価値に勝つ。


自分は盲人であると何故かそう徹底的に信じ込んで来た見える目を持った男が、その男が視力以外の感覚として養ってきた視力が、その男が景色以外のものとして養ってきたこの世の景色が、優しくされるたびに開く花弁の肌触りであると覚えられた共に暮らす女の笑顔が収束する混沌の先。

20100904 (c)

うたたねに中断された白昼夢。



不正確の一致や、都市と単子や、明らかに翼に付いていたものではない羽根や、緊張感に慣れ過ぎただらしなさや、うたたねに中断された白昼夢や、目覚めにも似た眠りや、草花を模したものではない造花や、視覚を模したものではない輪郭線や、決して始めから夜を模したものではない暗闇。


明る過ぎる電球や、真っ白な壁に似た平坦な音楽や、血の色だと教えられても納得できるその壁の白や、一年であると教えられても納得できる三十秒間や、それでなければ三十秒であったと教えられても納得できる一年間や、声なのだか言葉なのだか分からない両耳の奥の光りか暗闇。


いつのまにか夜が明けたと思っていたらいつのまにか再び訪れていた夜や、重ね重ねの離ればなれのなかで近づいて来る例えば去年と来年の同じ日付けの一日や、直進をしていたらいつのまにか円を描いていたというような地平や、回転を真似ていたら螺旋を描いていたというような明からさまな過剰。

September 3, 2010

20100903 (a)

「例えば自分が消えても可能性だけはまだ残るのかしら」



片時も絶えたことのない誕生の予感と、それと同じくらいに馴染みの深い白けた絶望と、不思議でも当たり前でもない全てと、柔らかな衝突の感触と、衝突の柔らかな感触と、忘れる事と感じる事が肩を並べる瞬間と、例えば自分が消えても可能性だけはまだ残るのかしらと睫毛を整える隊商の娘。


いつか何かを忘れない時があるのならそれは自分にとっては一番大事な嘘なのだろうと未来の記憶のなかで考えている娘と、入り組んだ虚構を通底する単純な論理と、何かを覚えていることと、何かを忘れたことを覚えていることと、何かを覚えていることを別に覚えてもいない事とを巧みにすり替える作り話。


存在しなかった戦場と、同じく存在しなかった市街戦と、ただひとつ時を通して常にどこかを飛び続けている一発の銃弾と、実際には存在しなかった撃ち手と、その撃ち手を作り出すことによりいつの時代も夜を穿ち続けるその一発の銃弾と、いつかその銃弾に撃ち抜かれることを夢見ている心臓。

20100903 (b)

悪意のない美しさ。



時代の名前が、曲名が、雑誌の表紙が、流行の髪型が、新しい革靴が、濁った水の上澄みの軽さと明るさが、写真機と感光紙が、人形の頭が、こわばった綿が、化粧道具が、傘が、肌着が、手紙が、鉛筆削りが、新しい旅券が、焦点のぶれた写真が止められなかった旅立ちと到着。


温度計が、腕時計が、車輪が、背骨が、砕け散ったまま形を保っている午前中が、比喩としての数字が、潮風に洗われている日陰が、波の音を練っている気圧が、走り去っていく自転車の影が、体中のばねが、翼のために蓄えた筋力が、種を湿らせる水分がつなぎ合わせている木霊の通り道。


休日の心臓が、奈落の絶頂が、意地の悪い優しさが、悪意のない美しさが、正解のない不正解が、正面を持たない後ろ姿が、語り手を持たない虚構が、それ自身のなかに千年を持つ一日が、またそれ自身のなかに一日を持たない千年が、落下に抱き留められた世界が浮かぶ泡の破裂音。

20100903 (c)

写真の代わりにと髪の毛を下ろしてただ微笑んでいる澄んだ瞳。



通りすがりの独り言や、耳からこぼれ落ちた考え事や、時計代わりにした曲や、暦の代わりに壁に貼り付けていった写真や、写真の代わりにと髪の毛を下ろしてただ微笑んでいる澄んだ瞳や、記憶のかわりに目の前を受け止めている体や、体の代わりに体温を受け止めている記号の配列や強弱や抑揚。


浮かれ騒ぎの影の廊下で予想通りの寂しさを持てあましている背中の壁や、音を聴いていてもそこに静寂をしか聞き取ることのできない耳や、酒を飲むにつれ酔いが醒めていくような酔い方や、外にさまよい出て匂いだけが存在する芝生の上を歩く裸足や、鍵盤みたいな足跡や、音階みたいな気分。


似顔絵の代わりに思い出を手伝う切り貼りされた言葉や、移ろいの代わりに季節を手伝う去年と来年とも変わらない旬の果実や、音楽の代わりに宴を手伝っている小忙しい小皿の群れや、宵闇の代わりに逢瀬を手伝っている二対の目蓋や、洗練の代わりに進行を手伝っているぶっきらぼうな決意。

September 2, 2010

20100902 (a)

あるものとないもののどちらでも物足りないという過剰。



水筒と旅行鞄と長衣と、火薬と理想郷と現在地と、交易と共有と自生と、櫛と爪切りとかんざしと、さいころと数字と行き先と、地図と風向きと道しるべと、地震と音楽と耳鳴りと、街灯と戦火と星々と、大海と孤島と月明かりと、潮騒と沈黙と息づかいと、一日と昼夜と日付変更線。


押し花のような瞬間と、生け花のような宵の口と、ざわめきの揺りかごで目を覚ましながら夢を見ている情報の交通と、あるものとないもののどちらでも物足りないという過剰と、事実では割り切れない確率と、確率という美しさと、確率により描かれる横顔と、確率により目覚める寝顔。 


無を装った単調さと、混乱を真似た秩序と、翻訳文体で語りかける景色と、九月の光りと、その時に景色として収束したそれぞれの思惑と、その時にその時までいつからか時を越えて伝わっている思惑と、事実に似た何かと、結果に似た何かの原因に似た何かと、無表情に似た何か。

20100902 (b)

静けさの海のように遠い待ち合わせ場所。



いつもの前線が、予断を許さぬ後日談が、終わってしまった旅が、文字に記されたことのない言葉が、声として読み上げられたことのない言葉が、いつしか意味を求めることを止めた機能が、審美的な機能性が、役割からも分化した機能が、目的に還元されない機能が描き続ける誰かの面影。


何十年も続いている夏が、移ろいやすい確かさが、耳たぶに触れている日差しが、あっというまに乾いていた洗濯物が、冷房のきいた部屋で机の上を片付けている知り合ったばかりの友人が、空になった幾瓶もの容器が、九月の空になった陽気が、湿気を含んだ乾燥した空気が楽しんでいる口元。


生活の旅が、怒りを装った怒鳴り声が、穏やかではない呟き声が、粒の細かい声の欠片が、珈琲の豆を挽いている音が、帳面を埋め尽くす文字や図形が、動的な関係性が、静けさの海のように遠い待ち合わせ場所が、目や耳の副産物が、生存と渡り合う観念が言祝いでいる架空の曲線美。

20100902 (c)

絶景を詰めこんだ退屈な毎日。



ふしだらな憂鬱や、だらしのない期待感や、絶景を詰めこんだ退屈な毎日や、日ごとに千年を数え始める暦や、曇り空よりも重い光りや、何十年も昔から今も今を通り過ぎている路上や、そこでずっと聞こえるうたである声や、街の灯りと見分けの付かない目の輝き。


音は鳴り止まないだろうという根拠のない希望や、音が鳴り止んだ後もきっと踊っているのだろうという希望や、音が鳴り始める前からきっと踊っていたのだろうという事の始まりから余韻にも似ていた継続や、名前のない絶頂や、名前のない美しい人影や、音楽がその名前である場所。


決して消費される事のない設計図や、自らの設計図に何かを書き加える機械や、後付けの初期不良や、決して訪れることのない機械の完成や、設計図である機械や、電灯の下でひいた回路図の意匠や、商標を走る電流や、その電気によって駆動する昼間や、その慣性からも解き放たれた深夜。

September 1, 2010

20100901 (a)

この酔いはいつになったら醒めるのかという素面な問いかけ。



まだ起こっていないことだけを覚えている隊商の娘と、空の浮島の巡回する径で雲をついばんでいる言葉の魚と、骨董品のような晴れ間と、にわか雨みたいな毛穴と、地図のように見える娘の瞳と、いつも道に迷っているような眼差しと、いつも見えている死。


坑道に差し込む光りと、目を覚ました時にいつもそこにいる誰かと、その誰かとひとりぼっちでいることと、煤けた水を飲む澄んだ血液に棲む言葉の魚のひとひらと、娘の記憶を食べてそれを言葉に換えている魚と、そこに音を与えている娘と、晴れた空の下の青い水たまりの表面を泳ぐ魚。


魚と銃弾を見比べて目を細めている酔っぱらいと、酒のなかを泳いでいる魚と、酒場のなかを泳いでいる酔っぱらいと、いつも心のなかの酒場で飲んでいる酔っぱらいと、飲んだ酒の分だけ醒めていく酔いと、この酔いはいつになったら醒めるのかという素面な問いかけ。

20100901 (b)

言葉を選んでいる言葉。



緻密な影が、乱雑な動きが、滑らかな衝撃が、方向をかき混ぜている勢いが、計算の文法が、点滅している風が、木の枝の巣が、血まみれの果物が、人工物との合いの子が、月日を選んだ時間が、山を分ける道が、川を分ける水が、光りを帯びた影が、第一次情報である全てが囁いている朝。


朝の夏が、暮らしの中の響きが、炎にも似た水しぶきが、摂氏三十度の金属音が、円が保つ緊張感が、回転の安定が、回転の焦点や焦点そのものであるような回転や回転に含まれている点や直進が、直線の周囲を螺旋を描きながら上ったり下ったりしている背骨が確かめている静かな重力。


いい加減な汗が、不確かな涙が、例えば半日だとかの時間をかけて不意に訪れる喜びが、衣服のしわが、筋肉の癖が、感傷的な生き方が、言葉を選んでいる言葉が、なだらかさに含まれる不意の直線が、定められた始まりが、無視された終わりが、熱気に涼む風が吹き抜けていく骨のなかの空洞。

20100901 (c)

喘ぎ声にも似た瞬き。



骨のなかを歩いている影や、意味のない感動のなかを流れている血液や、それらの瞬間を縫って喘ぎ声にも似た瞬きや、速度の内側で身をすくめている集中力や、嘘か本当かどうかも関係ないようないい加減な噂話や、地面と対等な空や、隙間のようにも見える強調や、折り畳まれた効果線。


もとは羽根であったことが分からない両腕や、地面に触れていることで辛うじてそれであると分かる両足や、砕けた魂の働きや、均衡を失った上下左右や、朝に霞んでいる夜や、深海で生まれて上空で育つ伝書鳩や、轟音のそのなかで鳴っていない音に合わせて踊っているのだと分かる奈落。


中身であるような境界線や、絨毯の色をした呼吸や、天井みたいに遠い横隔膜や、状態の話し声や、途絶えたことが分からない伝達や、口のなかの体や、耳のなかで安心している外気温や、体と動きが間違いなく重なっているときや、束の間と一瞬が目配せを交わしている写真のなかの百年。

category