20111114 - a song - 28
さて、一眠りする時間がやってくる。
ほんの一時間ばかりの短い睡眠だ。
眠ったうちに入らないくらいの。
それでも睫毛を切り落とされるいつもの夢がやってくる。
目を覚ます。
いつもより長くゆっくりとした夜歩きに備え、あたしは時間をかけて身支度を整えることにする。終電を逃せば歩けばいい。まだ乾ききっていない髪の毛を束ねて上げて帽子で押さえる。もうすぐ秋も終わる。
姿見のなかで外装を整える。
その時は自分の体の動きに焦点を合わせる。
そして、自分にとってすでにそこにあるものを代表して、それとも、まだそこにないものを代表して、あたしは速さを惰性に変え、自分の体内の仕組みのなかで複雑に入り組んだ角を曲がり切ることにだけ専心して鏡の中で体を動かす。
体を動かしながらも、たぶん複雑に入り組んだその角を曲がり損ねた部分が外側にはあたしとして見えているのだろうなと思う。自分をそのように定義すれば自分のなかの慌ただしい活動がほんの束の間整理される、その模様が言葉として起こされる。
少し眠り疲れも取れたが、眠りの分だけ疲れが溜まる。
それが絶対に発散されることのない力の正体だろうか。これまでに眠ってしまった分の疲れ。それを癒すために起きている時間の大半を使う。眠っているあいだには時間しか流れているものがなくて、眠りは死に似ているから。
あたしはそれを解決しようと夜歩きに出掛けて、それ以上の問題を抱えて帰宅することになると分かっている。
そう考えるとそうとしか思えないが、だからと言って何なんだとしか思えない。
そしてあたしはいつか誰かがその正当な理由を耳打ちしてくれると思っていたが、どうやらそんなことは起こりそうもないので、あたしはその理由をいつか誰かに勝手に耳打ちすることに決めた。
それがいつどこでかのことは分からないが、それはいつの時点でも起こっていないし、いつの時点でもずっと必ず起こりうる。気分的にはその可能性を軸に回る自分の現実の舵をあたしは取る。
あくまで気分的には、ということなので傍目にはあたしはただの趣味人に見えることだろうが、似たようなもんはそこかしこに存在するのだとあたしは勝手に思っている。
そうしてカーブを曲がり損ねた部分が人目に触れて、あたしたちは進路を調整する。他の人が曲がり損ねたカーブをどうにか後付けで自分が曲がれるとでもいうかのように、いつも自分を信じている。
そしてそれは他の人が本来そのカーブを曲がり切ることが可能だったと信じているからそうするのだ。そうしてまたカーブを曲がり損ねる。
あたしがどこかの仕組みのなかでカーブを曲がり損ねた結果、巻いたストールがほどけて床に落ちる。そしてそれは単にあたしの睫毛の外側での出来事だ。あたしの主観から取り外せないはずのそれを、出来事として取り外して考える。自分の部屋で自分ひとりでいるときにだけあたしはそれを行うことができる。
それから内側から扉をくぐり人間の姿に戻ったあたしは、四階まで昇り樫に声をかける。
(了)